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一般2022年09月12日 和解についての雑感(法苑197号) 法苑 執筆者:中本敏嗣

一 紛争解決手段としての和解の重要性

 世間では、刑事裁判のみならず民事裁判においても、裁判所とは紛争について白黒を付ける場所であり、判決により正義が体現されると見られることが多い。かつては、裁判所でも、「裁判官の使命は判決をすることにある」とした上で、「和解は権道(けんどう。手段は正しくないが目的は正道に合うこと)であって正道ではない」「和解判事になるなかれ」という考えが主流であったといわれるが、現在の裁判官は、和解は判決と並ぶ重要な紛争解決手段として重視しており、実際に和解が試みられ成立することも多い(最高裁判所統計では、令和二年の全地方裁判所民事第一審通常訴訟事件の判決率は四三・二%、和解率は三五・三%である。)。

 日本人の法意識を通じて和解を語ることには異論もあり得るが、和解の歴史は古く、聖徳太子の一七条憲法「和を以て貴しと為し」(一条)は有名であるし、鎌倉幕府は、「和与」を奨励したといい、江戸幕府でも、民事裁判に当たる「出入筋」では、公権的判断である「裁許」でなく、当事者間の互譲により合意を導く「内済」が奨励されたという。

二 思い出に残る和解事件

 私は、これまでの四〇年近くの法曹生活(三一年は裁判官、九年は法務局や国税不服審判所に出向)で、数多くの訴訟事件を担当し、和解で解決した事件も多い。本稿では、裁判官時代の思い出に残る和解事件を紹介したい。

 1 墓地事件

 ある地方都市の共同墓地で、従前は土葬であったが、時代が変わって次第に火葬した骨を同じ共同墓地内の墓に入れようとする者が出てきた。被告は、先祖が土葬で埋葬されたと考える場所を囲むように墓石を設置したところ、原告は、被告が事前の相談や了解もなく勝手に自らの先祖が土葬された場所の一部に墓石を設置したとして、当該部分の占有排除を求める土地明渡請求訴訟を提起した。

 当該共同墓地は、もともと各人ごとの埋葬区画がはっきり決められておらず、空いたところに土葬しており、長年特段の問題もなくやってきたようだが、時代が変わり、墓石を設置して先祖を祭りたいという住民が出てきたのが、事件の発端であった。

 村落共同墓地の法律関係は難しく、当該事件でも、①共同墓地の所有関係(共有か、総有かなど)、②占有関係(埋葬した区画が明確か、重畳関係にないかなど)、③請求権たる訴訟物の法律構成(所有権に基づく明渡請求権か、占有権に基づく占有回復請求権かなど)など、検討すべき課題は多かった。

 当該事件も、原告によれば、地域の習慣として、被埋葬者の心臓部分の上に木を植え、足は西向きだったから埋葬場所は分かるというのであったが、よく聞いてみると、必ずしも厳密ではなく、一部には重なり合って埋葬されていたものもあるようで、共同墓地内を見渡してもどの場所にどの家の先祖が埋葬されているかははっきりしないようだった。

 法的に主張整理を要するだけでなく、感情的な対立も解消しなければならない困難な事件と思われ、時間もかかりそうであった。

 そこで、裁判所が現地に赴き、関係者の説明を聞きながら、妥当な解決を目指す現地和解を試みた。当事者を含め、地元の有力者にも来てもらい、従来の埋葬方法、特に頭と足の位置関係、木を心臓部分に植える習慣があったかどうか(そのように言う者もいたが、これを否定する者もいた。)などを聴取したが、各家において空いていると思われる場所に任意に埋葬したが、特段争う者もいなかったということで、被埋葬者の埋葬された場所は明確ではなかった。それでも、当事者には、裁判所がわざわざ現地に来てくれたので何とか折り合いをつけたいという気持ちがあったため、裁判所は、当事者に自らの先祖が埋葬されたと思われる部分を指示してもらい、かつ、地元有力者の意見や説得を受けながら、各当事者の許容できる範囲を聞き、その後に、現地の地面に直接相当と思われる範囲を囲むように線を引いていったところ、その日のうちに、裁判所が引いた範囲をもって原告及び被告それぞれの墓地の区画とすることで折り合いがついた。そこで、当該区画について測量図面を作成してもらい、被告が墓地として占有してよい部分を確認する旨の和解が成立した。

 裁判所が、地域や墓地の特性を考慮した上で、現地を確認しながら後見的役割を果たしたことから解決した事件といえる。

 2 阿弥陀籤(くじ)事件

 ある裁判所で長期間係争していた田畑、山林、建物・宅地等の所有権確認等請求事件。先代からの財産承継などを巡って八〇歳を超える高齢の兄弟間での感情的対立が激しい事件であった。前任裁判官の事件を引き継ぎ、審理を進めていき終結近い局面で和解を勧告した。すぐには了解が得られなかったが、じっくりと双方の話を聞きながら次第に信頼を得ていき、それぞれが取得する財産の配分も終えほぼ和解が成立しそうなところで、庭に沢山あった石灯籠などの帰属が問題となりまた喧嘩が始まった。お互いをなだめながら、ほぼ二分する方向で話が付きそうになると、どちらを取得するかでまた揉め出したので、私が、「それなら阿弥陀で決めたらどうか」と言うと、乗ってきた。そこで、紙に阿弥陀籤の線を引き、末尾に各自が取得する財産を記載し、双方にも線を引いてもらい阿弥陀籤が完成したが、今度は、どちらが先に阿弥陀籤を引くかでまた揉め出したので、さすがに嫌になって、「それならじゃんけんしたら」と言うと、八〇歳を超える老人が大きな掛け声で「じゃんけん」と言いながら手を出し(滑稽であったが、昔は二人で仲よくじゃんけんした時代もあったのではないかとも思った。)、勝った方が先に選択し、最終和解に至った。裁判で阿弥陀籤をしたというとおふざけの様に見えるかもしれないが、決してそうでなく、裁判所として、当事者の感情や属性等を考慮しながら紛争解決を図るための方策の一つとして思いついたものであり、双方の納得のいく良い解決につながった。

 3 多数建築瑕疵事件

 ある大手不動産業者が売り出した建売住宅の買主のうち三〇戸を超える買主が建物に建築瑕疵があるとして損害賠償請求をした事件。建築瑕疵訴訟は専門的な複雑困難事件の一つで、当時審理期間が一審だけでも三年以上かかっており、三〇件以上の事件の併合事件となるので、単純に見積もると一審で九〇年以上かかる計算になる。代理人にその旨伝えると、代理人の返事は、「一〇〇年かかっても判決できませんよ」ということであった。

 これでは大変だということで、争点整理段階で、双方代理人に対し、それぞれの立場で最も自分に有利と思う物件を一戸選び、建築士を鑑定人に選任して、選択された二戸について優先的に審理し、瑕疵の有無と損害額を判断し、損害額と請求額との割合を算出した上、同割合で全戸の損害額をそれぞれ推計したらどうかと提案し、同意が得られたのでその旨の審理を進めたところ、最終的に提訴から二年余りで全面的な和解が成立した。

 本件のような個別性が強い建築瑕疵事件は、本来はチャンピオン方式による主張立証や損害額の推計になじむ事件ではない(当然、判決をする場合にはこの方式は使えない。)ことは承知していたが、裁判所のアイデアと熱意を双方が酌んでくれ、この種の事件では異例の早期和解に至ったものである。

三 今後の紛争解決手段の方向性

 民事に関する紛争は、本来私的自治の支配する領域であるから、当事者双方が自律的な解決を目指すのが望ましいが、実際にはそうはいかず、裁判所に紛争解決が持ち込まれることも多い。裁判官は、手続の主宰者として積極的に事件に向き合い、時には主導権をもって当たることもあるが、その場合でも、できるだけ当事者本人の紛争解決能力に期待し、説得よりはむしろ当事者の納得を引き出し、後見的に支えていくものでありたい。裁判官時代、自分としては、そのように考えながら和解に取り組んできたつもりであるが、それがうまくいったこともあれば、力不足から失敗に終わったことも少なくない。

 和解は、当事者の意向を十分聴取して紛争の実相を掴み、利害関係を調整し、和解案を提案して解決策を模索しながら最終決着に至るものであるが、各段階でそれなりに時間や労力がかかる。それでも、和解には、絡んだ糸を少しずつほぐしていくことで、こじれた人間関係が回復、再生していく面があり、意義深く、和解により紛争が解決したときの満足感、達成感は何ものにも代えられない。

 紛争はないに越したことはないが、社会経済が複雑困難化し、国民の権利意識が向上して価値観の対立も益々激しくなっている今日の状況下では、紛争がなくなることは期待できない。現在では、紛争の解決手段として、裁判上の和解のほか、民事調停、仲裁、民間型・行政型の各種ADR(裁判外紛争解決手続)など各種のものが用意されており、いずれも有効なものであるから、一層の利用の拡充、活性化が図られることが期待される。

(弁護士・元大阪地方裁判所長)

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