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一般2022年09月12日 若輩者の矜持(法苑197号) 法苑 執筆者:友近直寛

 「また何かあったときは、ぜひ先生にお願いしたいです。」

 対応終了にあたって、依頼者からこのような言葉をいただくと、自身の仕事が少なくともこの方にとっては、良い仕事であったのだと安心し、この瞬間がこの仕事の醍醐味の一つと悦に入ります。しかし、いつの頃からか、このような言葉をいただいた際に、私は笑ってこう返すことが癖になってしまいました。

 「弁護士なんかと関わることがないのが一番幸せですけどね。」

 皆さん、笑って、「確かに」と言います。

 このときは、心から依頼者の幸せを祈り、もう争いごとに巻き込まれないよう平穏な生活を送られることを願って、お見送りします。

 ただ、ふとどうして自分がこんな自己否定的な言葉を吐くのか考えてみると、自然と自嘲してしまいます。どれだけ研鑽を積み、偉そうに先生などと呼ばれようと、「人の不幸で飯を食っている事件屋」というレッテルに対する反論が見当たりませんでした。

 この仕事にはやり甲斐を感じていますし、一般的には誇れる仕事なのだという自負もあり、弁護士として生きている自分には満足しています。しかし、この仕事に少しずつ慣れてきたここ最近、様々なタイミングで弁護士の存在意義について考えてしまうことがあるのです。

 街に出てみると、そこに在る無数の物一つ一つが、人の手により生み出され、何度も改善・改良され、その形に辿り着いたロマンをもっていることが想像できます。また、この社会を動かしている仕組みや制度を考えてみると、その一つ一つが今の形になるまで、幾重もの試行錯誤の歴史を経てきたものであることが分かります。このすべての過程に人の熱意があり、社会に対するプラスの貢献の積み重ねがあります。そう考えると、幾万もの人の手によって今の社会が成り立っていること、そしてこれからもそのような積み重ねによって社会が作り上げられていくのだということを実感できるのです。

 他方で、同時に不安になるのは、私は社会にプラスを生み出しているだろうかということです。弁護士は、争いというマイナスを何とかゼロにするようもがいているだけで、私が今の社会を見て想像するプラスの貢献の歴史の中に、必要なピースとして登場しないのではないだろうか、と。自問すると、消極的な答えしか思い浮かびませんでした。

 そのような思考が頭にあったのか、いわゆる弁護士業と呼ばれる、代理人としての争訟案件処理以外の仕事について、目を向けることが多くなりました。昨年一二月に書籍を出版させていただいたのも、今思い起こせばその延長だったのかもしれません。その頃の私は、プラスを生み出す方法として、何か法分野の実務家研究者のような立ち位置を思い描いていましたので、特定の分野に話題を絞り、えせ研究家を気取って、技術者や理系・文系研究者、ベンチャー事業者、省庁の担当官、様々な規模の法人に所属している専門職の方々に好奇心の赴くままにアポを取り、お話をお聴きして回りました。新型コロナウイルス感染拡大に伴って、リモート会議の社会受容性が大幅に高まったことも後押しして、オファーした方全員が快く取材に応じてくださいました。そこでお聴きした話はどれも刺激的で面白く、毎回、時間の制約がなければいつまででもお話ししていたい気分になりました。私が渇望していた、社会にプラスを生み出そうと躍進するエネルギーが皆さんから迸っていて、それを浴びて私まで心地よい前向きな感情にさせてくれるような感覚です。普段の仕事ではあまり感じられない爽快感を味わえました。

 この経験を経て、弁護士に求められている役割について実感したことがあります。弁護士は、紛争解決のみならず、紛争分析のスペシャリストでもあるということです。様々な方へ取材すると、必ず、その方が関係している分野について「どのような紛争が多く、なぜそれが起きるのか」という質問を受けます。そして、なぜかこれに対する答えが自分の中にあるのです。回答内容の正誤はわかりませんが、自分なりの答えを返すことに窮したことはありませんでした。普段、依頼者が抱えている法律問題と向き合い、依頼者に成り代わって解決の方法を模索しているからこそ、問題発生に至った経緯を自然に探究し、分析しているのだと気づきました。おそらく街に在る様々な物一つ一つが、その物が抱える紛争を分析し、回避するために形を変えてきた結果なのでしょう。おそらく社会を動かす仕組みや制度も、それに係る人同士の紛争を予防するために何度も練り直しされた結果なのでしょう。そのプラスを生み出す過程にもしかしたら弁護士も必要なピースなのかもしれないと思うようになりました。

 また、取材活動を通じて、プラスを生み出す方たちは、常に自身が生み出すものが同時に争いを生んでしまうかもしれないと恐れ、それに対する盤石の備えをしないと、世に出したくないと考えているということも知ることができました。そして、どのような備えをすべきか考えるうえで、普段紛争の中で仕事をしている弁護士の話を聴きたいと思っていただいているのだということも。

 こう聞けば当然の結論に至っただけのことかもしれません。ただ、私自身が直接肌で感じることができたということは、私にとって、弁護士という仕事に向き合ううえで、とても良い効果を与えてくれました。

 考えてみれば、世の中で、弁護士資格を有している方が就いている仕事の種類は多岐に渡ります。争訟案件処理のみならず、争訟予防のために対立利益当事者間で予め合意を締結しておく契約交渉を担当したり、特定の個人・法人が紛争に巻き込まれないための予防策を提案するコンサルティングの仕事をしたり、企業や省庁等の組織内の法的紛争を調整するためのカウンセラーの仕事をしたり、特定の社会課題について利害関係者の意見を調整し解決策実践のためにロビイストの仕事をしたり、さらには、住民や国民全体の利害を調整し政策を実現するために代議士になったり、少し考えただけでも弁護士が就く仕事は多種多様です。ただ、バラバラに見えるこれらの仕事には、普段紛争の中に身を置き、争いの原因や解決方法を分析して得た経験則的な知見を活かす仕事であるという共通点があるように思えます。時折、争訟案件処理以外の仕事をしている弁護士に対して、「裁判所で顔を見ない弁護士は邪道だ」などと揶揄する声を聞きますが、前述のいずれの仕事も弁護士の本分を全うしていると言えるのではないでしょうか。

 このように考えてみると、今自分が日々対応している争訟案件処理の仕事は、その一件一件が社会にプラスを生み出す過程に必要な知見を自身に蓄積する作業なのだと考えることができ、以前以上に自己肯定感を持つことができるようになりました。そして、この先、それを活かす方法として様々なバラエティがあり得るのだということを意識するようになりました。

 私はまだ弁護士になって八年足らずの若輩者で、同業の諸先輩方にしてみれば、私が今回気づけたことは、当たり前のことなのだろうと思います。実際、机上で想像することは私自身何度もできたことです。ただ、色々な方々と話をさせていただいて、日々の仕事の意識に通じるほどまで実感することができましたし、同時に今の仕事一つ一つに大切に向き合うことの重要性に思い至ることができました。もし、迷える同業の方がいらっしゃれば、何らかの参考としていただけると幸甚です。

(弁護士)

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