不動産登記2020年01月08日 土地家屋調査士会の業務と調査士会ADRの勧め(法苑189号) 法苑 執筆者:北條政郎
1.調査士会ADR運営委員会の弁護士委員長
私は、愛知県弁護士会の推薦を受けて、愛知県土地家屋調査士会のあいち境界問題相談センター(以下、愛知県土地家屋調査士会のADRを「あいち境界問題ADR」といいます。)の運営にあたる同センター運営委員会の委員に選任され、委員長になりました。土地家屋調査士会が設置する「境界紛争解決センター」などといわれる境界紛争に関するADR(民間紛争解決手続機関。以下、「調査士会ADR」といいます。)は、愛知県土地家屋調査士会が平成一四年一〇月に全国の土地家屋調査士会に先駆けて設置しましたが、現在では全ての都道府県に調査士会ADRが設置されており、弁護士が調査士会ADRの運営委員長となっているのは、愛知県土地家屋調査士会のほか、大阪土地家屋調査士会や三重県土地家屋調査士会などがあります。以下、弁護士として、愛知県土地家屋調査士会のADRの運営や広報に携わった経験から、その利用を勧める趣旨で、土地家屋調査士の業務とあいち境界問題ADRの手続などをご紹介します。
2.土地家屋調査士業務の専門性と境界紛争
土地家屋調査士は、土地建物に関する調査測量の専門家として、「不動産の表示に関する登記について必要な土地又は家屋に関する調査又は測量」を基本的な業務とし(土地家屋調査士法三条一項一号)、その業務遂行のために筆界の確認や地積など必要な測量を行います。そのため、①当該土地や隣地の登記情報、分筆前の(閉鎖)登記簿、土地台帳など登記情報類、②地積測量図、(旧)公図、原始公図、地押調査図、更正図、土地台帳付属地図、土地区画整理法などによる土地所在図などの各種図面(地図等)や現況(測量)図などの図面類(地図資料)、③係争対象地や付近の写真、「境界」付近の杭その他の設置物の有無や形状等の写真、航空写真等の写真類などを収集します。そして、それらの資料を分析・検討して合成図や現地での測量に基づいて現況測量図を作成したり、画地調整として一定の筆界の考察を行うなどの専門的な知識や経験を有しています。このような土地家屋調査士の境界問題に関する豊富かつ専門的な知識と経験に比べて、弁護士にとって、境界紛争は時に依頼や相談を受けることがあるものの、前記のような境界確定に関する地図資料等の収集やその意味内容の検討、理解に必ずしも充分な対応ができないもので、「法曹は登記図簿等について鑑定的知識を有しない」(寶金敏明・境界確定の理論と実務・新版一〇六頁)と指摘されています。
このような土地家屋調査士の基本的業務は、一定の土地の範囲を定め、そのどこからどこまでを測量するかということで、隣接地との境界がどこであるのかが必然的に問題となってきます。つまり、土地家屋調査士は、相続や不動産取引あるいは建物の取り壊しや新築に関連して土地の現況測量を行うなどの業務を委託された際、「境界」がはっきりしていないとか、隣人から異議がでるとか、現況境界に基づく実測面積と公簿面積が一致せず隣地との関係を考慮せざるを得ないなどという問題に直面することが多く、その業務は、基本的に隣地、隣地所有者との接触を伴うことになり、境界紛争に極めて近接した職務と言えます。そのような業務の性格上、土地家屋調査士は、必然的に、土地の調査測量業務を行う際に、隣接地との境界紛争が既に存在していたり、また測量などを契機に紛争が顕在化することがあります。その場合、土地家屋調査士は、異議を唱え紛争となる相手方に対して、土地家屋調査士としての知識、経験を基本に、当該土地に関するあらゆる資料を駆使し、どこを筆界と考えるのが正しいのか、などを誠実に説明し、理解を求めることになります。しかし、それでも相手方が了解してくれない場合や話の内容や方向性によっては単なる筆界確認のための説明や話し合いが私人同士の権利関係の争いに踏み込んで言ってしまう可能性も考えられます。私人間の権利関係、民事紛争は弁護士がその解決にあたるところで、深入りし過ぎることは好ましくありません。法的問題が関連すると思われる場合は、弁護士と協働して問題点を把握、検討し、対応を考えるのが適切です。そこで、境界紛争解決のための法的手続を検討する必要が生じます。解決手続には、筆界特定手続、境界確定訴訟などのほか、本稿でご紹介する調査士会ADRがあることはよく知られている通りです。
なお、調査士会ADRを選択すべきか否かは、大阪土地家屋調査士会「境界問題相談センターおおさか」編の「事例解説 境界紛争 解決への道しるべ」一〇五頁以下に詳しい説明があります。
3.境界紛争解決手段としての調査士会ADR
調査士会ADRは、境界紛争について、土地家屋調査士と弁護士が協働して調停にあたり、紛争の解決を目指す手続で、そこでの「筆界」に関する合意は、筆界を変更したり「確認」する効力がありません。しかし、境界に関する合意だけでなく、後述のように境界標(杭)の設置や越境物についての解決などが可能であり、また境界の合意をし、所有権界の確認などをすると同時に「境界立会確認書」に署名押印して互いに交換しておくことにより、分筆登記申請等の場合の添付書類とすることができ、調査士会ADRも有用であることになります。
このような境界問題ADRの特徴は、①土地家屋調査士が筆界調査や境界問題についての専門的知識や経験を活かして手続に関与できること、②したがって、必要に応じて現地調査・測量や鑑定等を実施できること、③境界や所有権界の確認や合意のほか、越境物の撤去の諾否、時期、費用負担なども含めて柔軟に対応できること、④確認や合意ができた境界や所有権界にしたがって境界標を設置したり、係争部分について分筆登記等の処理を行って合意内容を登記に反映させることも可能で、手続の一貫性が期待できること、⑤調停手続で「円満な話し合い」を目指すことから感情的な対立を起こさないことが期待できること、⑥場合によっては紛争の根底に存在する隣人間の感情的対立の緩和や人間関係の回復等も期待でき、そのような事情にも柔軟に対応できること、⑦早期かつ柔軟に比較的低い費用での解決が期待できること、などが指摘されています(山本和彦外「ADR仲裁法」四〇三頁。前記大阪土地家屋調査士会編著九四頁)。さらに、⑧土地家屋調査士が関与することによって、証拠の収集や評価などを通じていわば「ミニトライアル」的な手続を実現でき、また土地家屋調査士の専門的知見や経験を活かして早期に事案の中立的評価を行うことが可能であると考えられ、調停人となった土地家屋調査士が(弁護士との共同作業を通じて)事案の解決の方向性や解決の基準を示し相当な解決を導くことが可能であるとされています(前記山本外著四二四頁)。そして、⑨手続の全般について弁護士が関与し法的な問題点をチェックできること、⑩これらのことは、境界問題ADRを利用しようとする市民の立場からすると、利用者は土地家屋調査士の職業的専門性を信頼し専門家の客観的な調査によって正しく合理的な解決がなされ、弁護士の関与によって法的な相当性も担保されていると信頼し期待されていることを意味すると考えられます。
4.あいち境界問題ADRの手続の概要
あいち境界問題ADRは、その設立の趣旨を「土地の筆界が現地で明らかでないことを原因とする民事に関する紛争(筆界特定手続により筆界が特定された土地の所有権の及ぶ範囲に関する紛争を含む。以下「境界紛争」という。)に係る裁判外紛争解決手続を、愛知県弁護士会と協働して、紛争当事者の自主的な紛争解決の努力を尊重しつつ、専門的な知見を生かし、公正かつ適確に紛争の実情に即した迅速な解決を図るものとする。」と定めています(愛知県土地家屋調査士会「あいち境界問題相談センター」規則二条)。これは、境界問題の専門家である土地家屋調査士が法律問題の専門家である弁護士と協働して解決を図ろうとするもので、前述の通り、利用者にとって法的にも実際上も妥当な解決が期待できると言えるものと思われます。
あいち境界問題ADRの手続は、①運営委員会が申立事件を管理・運営し調停に応じない姿勢の相手方当事者にも手続を説明し応諾を勧めるなどしつつ、②土地家屋調査士二名と弁護士一名が調停人となって手続を主催し、③適宜の利害関係人の参加を認めつつ、④場合によっては紛争の現地で調停期日を開き、⑤また調査員による必要な調査、鑑定等実施員による鑑定等を行って、紛争解決を図ろうとするものです。これらは、上述した調査士会ADRの特徴を活かすもので、これが期待通りに機能するならば、費用の増大や解決に至る期間の長さなどが問題となる裁判上の解決と比較して、より早期かつ柔軟に紛争の具体的解決が可能になるものと思われます。
5.あいち境界問題ADRの実情
あいち境界問題ADRの申立件数は、平成二四年度が四件(うち相手方の調停不応諾が三件)、同二五~二七年度が〇件、同二八年度が四件(うち一件が和解成立、二件が調停不応諾)、同二九年度が〇件、同三〇年度が四件(うち二件で和解成立)、同三一年度は、一二月四日までで九件(七件が調停継続中)となっています。三一年度になってからの申立件数の飛躍的とも言ってよい増加の理由は、愛知県土地家屋調査士会では三一年一月末から、申立費用(二万円)及び期日費用(各期日ごとに各当事者から五、〇〇〇円を徴収)を無料に、調停成立の費用(一五万円)を半額にする「無料キャンペーン」を実施していることや、そのキャンペーンを愛知県では最多数の発行部数を誇る中日新聞の愛知県内版で大きく取り上げて報道されたことが大きく寄与していると思われます。新聞報道がされた日以降、愛知県土地家屋調査士会事務局には多数の相談や問い合わせの電話が寄せられ、一一月になっても、なお相談電話の数は少なくない状況のようです。また、愛知県土地家屋調査士会の運営委員会が各種の会員向け研修や広報活動を行ったことや後掲の簡易申立書式を作成して、会員や調査士会事務局に相談に訪れる市民に提供し、申立を勧めていたこともその背景にあるものと考えられます。運営委員会では、年二回ほどの会員向け研修などの機会に、教室設例や具体的案件を修正した事案を前提にして、申立書や地図資料、調停問答のシナリオを作成し、運営委員が申立人役、相手方役、補佐人としての土地家屋調査士役、調停人役などに扮して、模擬調停を行いました。参加した土地家屋調査士からは好評を得ているようです。中部地区の調査士会ADR担当者会議で模擬調停の説明をし、機会があれば出張模擬調停に出向きますと話したところ、好意的な反応に喜んだものです。また、「境界問題相談センターニュース」を発行し、会員に配付しており、既に二〇号を超えています。内容は、あいち境界問題ADRの手続や効果などの説明や調停人経験者、補佐人経験者の感想などを適宜、掲載しています。簡易申立書式は、後掲の通り、簡易裁判所や家庭裁判所の調停申立書式に倣って、申立の趣旨及び理由に境界紛争で想定される内容を簡単に摘示して、該当の□にレ点を入れれば簡単に申立書が完成するもので、別に適宜の事情説明書を作成し、関係する登記簿や公図などを添付するだけで、申立が簡単にできるようにしたものです。この簡易申立書式は、土地家屋調査士にも便宜なようですし、一般市民の相談者にも配付して、必要であれば、利用していただくよう促しています。また、市民向け広報は未だ充分とは言えないものの、執行部が機会を捉えて、土地家屋調査士の業務や境界紛争の解決のためのあいち境界問題ADRの理解を得るための活動を続けています。
あいち境界問題ADRは、前記の通りあまり利用されていないのが実際のところです。しかし、愛知県では、年間二万件の測量業務があるとのことで、単純に言うと、例えば四角の土地には四つの境界・隣人があり、それぞれ境界確定をするとすれば、八万件の境界確定作業があることになり、そのうちには、少なからぬ数の境界紛争が存在しているものと考えることも不可能ではありません。境界確定に伴う疑問や紛議の多くは、土地家屋調査士の説明や努力によって当事者の了解が得られて紛争に至らず境界確定がされていると考えられますが、紛争となっている事案も相当数、存在するものと思われます。境界紛争の早期、適宜の解決のために、愛知県だけでなく、全国の単位土地家屋調査士会の境界問題ADRが広く利用されることを期待します。
(弁護士)
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