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一般2020年01月08日 人工知能は法律家を駆逐するか?(法苑189号) 法苑 執筆者:相場中行

1 人工知能とパラダイムシフト
 今や人工知能(AI)という言葉が人口に膾炙されている。
 自動車の運転もAIによることになりそうだし、顔認証ソフトも実用化され、カード会社の信用審査などはすでにほとんどが人工知能によっているらしい。このAIによる社会の変化は、筆者にとっては、単なる技術革新に留まらず大きな潮流つまりパラダイムシフトであるように思われる。
 カード会社などの信用審査のプログラムもアルゴリズムも公開されていないのでよくわからないし、筆者はAIについては全くの門外漢であるが、人工知能の本質的な要素として、ニューラルネットワーク、深層学習(ディープラーニング)、逆伝搬(バックブロケージョン)、自己強化学習あたりキーワードになってくるらしい。比較的分かりやすい囲碁・将棋のようなボードゲームソフトについては様々な解説書籍があるのである程度分かりやすいが(例えば羽生善治「人工知能の核心」(NHK出版)、王銘婉「棋士とAI」(岩波新書)など)、こういったボードゲームにおいては、従来のコンピュータゲームソフトのようにあらゆる手を読んでいるのではない。囲碁・将棋というゲームは複雑すぎて、コンピュータをもってしても終局まで読み切ることはできないのである。そこで、「モンテカルロ法」(候補手をスコアリングして枝切りする手法)という手法によって、候補手を絞り込んで選択するのだが、その絞り込みにあたっては、囲碁ソフトでは、評価関数によるのではなく「ランダムピークアウト」という手法が利用されている。これは、ある局面から複数回ランダムに終局まで打って勝ち負けの「確率」を判定する。周知のように確率論においては、標準偏差は母数の絶対値によって決まるが、コンピュータにとって五〇〇回程度ピークアウトすることは一秒もかからないらしい。そして、ピークアウトの結果を逆伝搬してニューラルネットワークを形成する、ということらしい。
 ここには、人間のイメージするような「読み」はもはや存在しない。棋士に「どうしてその手を打ったのか?」と問えば、こういう手を打つとこのように打ち返されるから、と言った回答があるが、人工知能に同様に問うても「勝つ確率が高いから」でしかない。つまり、従来、論理と真偽値によって判断されていた命題に対して、AIは確率による解しか示さない。そのためにゲーム用AIには「地平線問題」が生じる。つまり、AIは、一定の読みを行った局面において、評価値が悪いとその局面を捨ててしまうのであるが、その局面は、人間が見れば一見して必勝又は必敗な場合がある。このあたりが、どうも人間とAIの違いらしい。ちなみに、バックブロケージョンという手法は、人間の脳科学の研究から生み出されたというから恐れ入る。
 しかも、AIに入力されるデータは、人間が考えているような当該命題との関連性ないし必然性は必要としない。我が国の信用判断ソフトにおいては、数百項目から数千項目のデータを入力していると側聞するが、その中には銀行口座の履歴などの信用情報も含まれているらしい。ところが、アメリカなどでは個人情報保護法(に相当する法律)が厳格で、債務者から信用情報を入手することは困難である。そのため、SNSでの発信内容とか、つながっている人物とか、公開されている買い物の購入履歴とか、一見延滞確率とは関係なさそうな情報を収集して信用判断を行うらしい。ここには、もはや論理と規範の当てはめによって判断を行うという作業は存在せず、大量のデータから価値中立的・確率的に「解」が示される。それ故、従来の命題の真偽値を論理的に「判断」するという手法からのパラダイムシフトが生じているのである。ちなみに、将棋界においては、人間が営々と築き上げてきた「矢倉定石」がAIによって崩壊し、ほとんど指されなくなっているらしい。
 このように、人工知能は一定の確率判断として解を示し、論理と無関係な平野で情報処理を行っている(こういった何らかの事象を確率的に叙述する、という手法は、一九七七年にノーベル化学賞を受賞したイリヤ・ブリゴジンを始祖としているようである。)。
 然らば、一定の事実を論理命題に当てはめることを本質的作用とする「裁判」という当為は、AIにとって代わられるのではないか、というのが素朴な疑問となる(そう言えば戦前に「裁判官自動販売機論」というのがあった。)。

2 ハンナ・アレントの復権
 話は変わるが、ハンナ・アレント(アーレント)は、ドイツ生まれのユダヤ人で、政治哲学者とか政治思想家とか言われるが、最近高く再評価されている(映画にまでなっている。)。アレントは、マールブルグ大学でハイデッガーに師事し、「アウグスティヌスの愛の概念」(日本語訳はみすず書房刊)で学位を得たのち、ナチス政権下のドイツからアメリカに亡命し、名著「全体主義の起源」(みすず書房)を著した。
 本来、社会学の巨星であるマックス・ウェーバーが法律家に広く読まれているのに対し(ちなみに、ウェーバーの翻訳にあたって最も功績を残されたのは、世良晃志郎東北大学名誉教授であるにもかかわらず、「現代思想 特集マックス・ウェーバー」(青土社)には法律学者は一人も寄稿していない。)、アレントはあまり法律家にとってなじみがない。かくいう筆者も大学生のころに「イェルサレムのアイヒマン」(旧訳、新訳では「エルサレムのアイヒマン」みすず書房)を読んだが、なにが言いたいのかさっぱりわからなかった。
 アレントによれば、裁判とは全く知的な作業ではなく、単なる過去の経験則に対する当てはめにすぎない、ということになる。そして、事実(認識)こそが意味論の地平において重要なのだ、という。これを読んで、筆者は大いに衝撃を受けた。
 また、アレントは、「他者」とのかかわり方を重視し、制作・活動・労働の中で「労働」を最も重要視する(「人間の条件」ちくま文庫)。アレントは我々に他者との相互作用の中で「手摺りなき思考」の重要性を説き、「孤立」して「世界疎外」に陥ることの危険性を説く。こういった思考は、法律家にとっても極めて重要である。法律学は、言語を媒介とする社会科学である以上、理論においても実践においても何らかの抽象化は不可避であって、他者との相互作用による経験の中から意味としての事実を把握(認識)する。法律学、特に要件事実レベルにおいては「生の事実」という用語が使われるが、弁護士にとっては、生の事実からどのような事実を取捨選択して裁判官に提示するかが最も重要な作業であり、裁判官にとっては弁護士から提示される事実(特に間接事実)及び証拠の価値を評価して事実認定することがその核心的な作業であって、従来の判例や学説を当てはめることは、まさにアレントの指摘するように知的でない作業でしかない。
 この当てはめ、という作業自体は、確定した事実を前提とする限り、適用すべき複数の規範の採否についての合理的判断にすぎず、正に人工知能による確率論的作業になじむ可能性がある。しかし、生の事実から訴訟における立証命題となる抽象的事実を止揚し、把握する作業は意味論を通じて行われるのであって、少なくとも現時点では人工知能には代替できない(「強い人工知能」と呼ばれる自ら命題を定立し、プログラムないしアルゴリズムを生成するAIは実用化に至っていない。)。要するに、人工知能は価値中立的に作業するのに対し、法律家は事実に意味を付与するために認識するのである。
 AIのビッグデータ処理による確率論と、アレントの言う他者との関わり合いに基づく経験との相違は、この意味論の地平において相互作用を展開しうるのか、にあるように思われる。

3 要件事実と意味論
 話は変わるが、現在の法曹教育においては、要件事実が軽視される傾向にある。
 筆者に言わせれば、要件事実は、壮大なドグマの体系である。
 余談になるが、ある法歴史学者によれば、理念系とは無矛盾の一連の思想の枠組みである、とのことだが、その意味では、要件事実は正に理念系である。ちなみに、いくつかの無矛盾の命題から構成される論理系を構築することは可能だが、当該論理系において、あらゆる命題の真偽値を矛盾なく決定することはできない(E・ナーゲル外「ゲーデルは何を証明したか」白揚社参照。)。私見によれば、要件事実がかくも嫌われ者になっているのは、その端緒において訴訟指揮論(合理的な訴訟運営)の機序となることを目指したからである。しかし、要件事実のドグマは、生の事実から法的意味に基づく取捨選択の一例として、法律家に大きな経験値を与えてくれるように思われる。
 例えば、現在では全く使われなくなった「せり上がり」を例にとってみよう。「民事訴訟における要件事実第一巻」(法曹会)によれば、せり上がりとは、避けられない不利益陳述を意味する。もっとも有名な例は、売買契約に基づく代金請求における付帯請求(遅延損害金請求)である。売買契約の要件事実である財産権移転の合意と代金額の定めを主張すると、それは、目的物引渡請求権と売買代金請求権の発生を基礎づける。したがって、必然的に同時履行の抗弁権(これ自体は権利抗弁)の基礎となる事実も主張されていることになるから、遅延損害金の請求を基礎づけるためには、同時履行の抗弁権の効果を消滅させる事実(付遅滞の要件事実)を主張しなければならない。この考え方によれば、原告は、本来同時履行の抗弁に対する再抗弁に位置づけられる付遅滞の要件事実を、請求原因事実において主張する必要に迫られるので「せり上がり」と呼ぶわけである(第一巻六二頁以下)。
 確かに、現象面だけで見れば、売買契約に基づく代金請求権の付帯請求の要件事実としては、売買の要件事実に加えて付遅滞の要件を主張立証する必要がある、とだけ整理すれば足りる。それが、あたかも再抗弁が請求原因事実にせりあがったように見える、というのは、単なる装飾であり、論者の思考による意味づけでしかない。
 しかし、筆者にはこの意味付け、が重要なように思われてならない。
 さきほどのアレントの「人間の条件」との関連で言えば、プラトンなどによれば、人間の当為において制作が上位概念であり、活動、労働の順で価値的な軽重があったところ、アレントは、むしろその三つの要素を等価と捉えて、他者とのかかわりという意味での労働の重要性を強調した。法律学においても、要件事実論、法解釈論、基礎法学の順で概念が抽象化され、その順でより「高度」に記号操作される、と理解されているように思われるし、筆者も往年そういったイメージを持っていた。しかし、基礎法学、特に法社会学、法哲学などは、政治学、哲学、論理学などと辺縁を接し、他方で、訴訟における攻撃防御の対象となる具体的事実レベルの議論である要件事実論は、意味論と辺縁を接している。論理学の一分野としての意味論は言語という「記号」と密接に関連しており、その意味で事実の抽象化の程度に応じて記号操作する法律学となじむばかりか、その最前線に位置する要件事実論は、意味論なしでは概念操作できないというべきなのである。ちなみに前掲「ゲーデルはなにを証明したか」は、半分はバートランド・ラッセルの「算術の基本法則Ⅰ・Ⅱ」の解説である(ラッセルは、著名な「ラッセルのパラドクス」の前提として、一定の論理系においてすべての命題が記号により叙述できることを証明している。)。
 かくして、基礎法学と要件事実は意味論を介在して連係するのであり、両極は一致する。基礎法学、解釈論、要件事実は階層をなしているものではなく、車輪のごとく相互に関連して法律学全体を支えていると理解すべきである。このように考えれば、要件事実論が単なる訴訟指揮論と捉えられているのは、我々法律実務家(裁判官を含む!)が、いかに基礎的教養の習得に怠惰であり続けたかの証である(アレントの言う「孤立」に陥っていると言ってよいかも知れない。)。

4 リーガルマインドを目指して
 往年から、法律家にとっての「リーガルマインド」の重要性は指摘され続けてきたところであるが、リーガルマインド、なる概念を客観的に定義した文献に出会ったことはない。要するに、法律家にとって健全かつ公正な判断を行う基礎となる感覚ないし経験値ということであろうが、こういった経験値は、他者との相互作用でしか涵養されないのであって、したがってまた、当該相互作用のあり方に依存してリーガルマインドも変遷するのであり(但し、認識評価峻別論に立つ限り?)、客観的に定義されるはずがないのである。
 重要なのは、どのような経験値がリーガルマインドを育てるか、であるが、一つにはアレントの言う他者とのかかわりをもって独自に思考することであり、労働つまり自らの当為に社会的意味を付与することである。実際に、長年弁護士をやっていると顧客との接点において学ぶべきことは多いし、「事件が弁護士を育てる。」のである。
 そして、もう一つが要件事実に代表される理念系である。
 筆者は、往年の要件事実論が正しいとは全く考えていないが(要件事実論の真偽値を検討してもあまり意味がないように思われる。)、少なくとも要件事実が、民事訴訟において主張立証の対象となる事実(生の事実ではない何らかの評価的選択を経た事実)についての、取捨選択基準についての一つの「理念系」であることは否定することはできない。そういう意味で、ある法律家、特に弁護士の内面にとっては、要件事実論は、裁判所という他者の提示した意味論の平面での複数の命題の集合体であって、筆者の個人的経験によれば、民事訴訟における意味論の理解に大いに役立ったように思われる。
 では、現在の「類型別の要件事実」(法曹会)に代表される間接事実重視の裁判実務と要件事実論はどこに違いがあるのか。以上に指摘したとおり、人間の思考が意味論によって結合されることによって「系」が生成される。要件事実論においても、間接事実は立証命題たる主要事実の存否を推認させるものであるはずだが、類型別に列挙された間接事実は単なるマトリクスでしかない。それ故、類型別は意味論としては無意味であり(理念系となっていないと言ってもよい。)、経験値の蓄積に寄与することはないように思われる。個人的な希望を言えば、どなたかに、新たな理念系としての「新要件事実論」を構築してもらえないものだろうか。
 かくして、個人的には、現在、要件事実論を(アレントとともに?)再評価すべきであると思うのだが、これはおそらく少数意見であることについては確信がある。

5 むすびに代えて
 本稿の表題との関係で筆者なりの結論を言えば、人工知能は、必ずしも法律家を駆逐しないが、一定の範囲においては代替されるおそれがある。しかし、人工知能には、少なくとも現在のところ、要件事実論に代表される一定の思考ないし思想系に従った事実の取捨選択とその再構築という作業は代替できないように思われる。
 本稿を書いてみて自らの浅学に恥じ入るばかりであるが、本稿執筆の動機の一つは、要件事実論へのオマージュであり、もう一つは法律家に知られざるアレントを法律実務家に紹介したい、という欲求であった。私が、老境に差し掛かってからアレントに傾倒したのは、金沢大学法学部の仲正昌樹教授の著作によるところが多い(「今こそアーレントを読み直す」講談社現代新書外)。仲正教授は、ハイデガー、カールシュミットからジョン・ロールズ、果ては松本清張まで、手あたり次第ちぎっては投げの碩学であるが、アレントの入門書としては、むしろ、牧野雅彦著「精読 アレント『全体主義の起源』」(講談社選書メチエ)をお勧めする。
 最後に、蛇足であるが、アレントに「カント政治哲学講義録」(名月堂書店)という著作があることに感慨を覚えるが、筆者が未読であることを恥じ入りたい。

(弁護士)

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