一般2017年01月10日 ネット上の権利侵害の回復のこれまでと現在(法苑180号) 法苑 執筆者:清水陽平

1 インターネット上の問題は法律問題に非ず?
一昔前―といっても、ほんの六〜七年ほど前―ころまでは、インターネット上で誹謗中傷が行われても、「そんなものは気にしなければよい」といった風潮がありました。インターネットは”仮想空間”といったイメージで語られ、現実にそれほど大きな影響を持つという意識を持っている方は多くはありませんでした。少なくとも、「インターネット上で誹謗中傷をされた」という場合、ネット対策をウリにしている業者に相談をするということはあるにしろ、このような問題を弁護士に相談をするという意識を持っている人は少なかったと思われます。
要は、当時は、インターネット上の誹謗中傷という問題は、法律問題と認識されていなかったということです。
2 非弁業者には依頼するなかれ
ところで、インターネット上の誹謗中傷対策というと、現在でも、弁護士ではなく”ネット対策を事業とする業者が行うもの”というのが一般の方の認識です。現在では随分と落ち着いてきましたが、二〜三年ほど前までは検索エンジンの広告などで盛んに喧伝されていました。
業者が行う対応には、いわゆる逆SEOなどのほか、場合によって削除などの請求も含まれています。削除請求は本来、被害を受けている本人でなければ行うことができないものであるため、本人を「代理」しなければできないはずです。しかし、削除請求は法的な請求であるため、法律事件に当たるものであるところ、そのようなものを代理することができるのは弁護士のみとされています(弁護士法七二条、非弁行為の禁止)。業者が削除請求をしている例は非常に多かったのですが、それらの業者はことごとく非弁行為をしている(た)ということになります。
「削除されればいいではないか」という意見もあるのは理解するのですが、下手な方法で削除請求をすることで削除されない状態を硬化させてしまっている事例や、逆に誹謗中傷を拡散してしまっているなど、悪化させている事例も散見されたところです。したがって、業者への依頼はするべきではありません。
3 書籍出版を断られる
私は東京で事務所を構える弁護士であり、インターネット上の誹謗中傷の削除や、投稿者を特定するという手続きの依頼をよく受けていますが、当時の自分を振り返ってみると、私自身もインターネットに関する知識が特別あるというわけではなく、そもそもインターネット上の問題を法律問題として認識していたのかどうか、という点も怪しいのではないかと思っています。
しかし、あるとき匿名掲示板”2ちゃんねる”で誹謗中傷をされているが、これを削除して、投稿者を特定したいという相談を受けました。現在はインターネット上の誹謗中傷に関する書籍が沢山出版されているのですが、当時はそのような書籍はほぼありません。この事件は知人弁護士とともに取り組んだのですが、そもそもどのような立論をすれば請求が通るのか、また、今でこそ海外法人に対する裁判手続は(少なくともインターネット関連分野では)一定程度一般化したと思われますが、当時は”2ちゃんねる”が海外法人に譲渡されたばかりで、どのようにすれば海外法人相手に対応することができるのかということなど、全てが手探り状態でした。
とはいえ、何とか請求が認められ、この件を無事に解決することができました。このことをきっかけとして、インターネット上の問題も法律問題として扱うことで解決することができるということを、実感することができました。その後、同じような悩みを持っている人が多数いることが分かり、クチコミを中心にして同様の依頼を多数行ってきました。
あるとき、インターネット上の誹謗中傷などに悩む人は非常に多いという実感があったこと、参考になる書籍はほとんど存在しないことから、これを書籍として出版することが世の中のためになるのではないかと思いました。そこで、法律系の書籍を扱う出版社複数に声を、「そのような出版を考えているが検討してもらえないか」という趣旨の相談をしました(なお、新日本法規出版も含まれていたと記憶しています(笑))。しかし、揃って回答は、大要「そのような需要があるとしても市場として非常に狭いので、出版はできない」というものでした。
この回答にがっかりはしたのですが、実際、当時インターネット上の誹謗中傷を対処できる弁護士はごく少数であったこともあり、案件の数は非常に増えていました。また案件の増加に伴い、執筆する時間もとることができない状態となった結果、出版についての検討はどんどん後回しになってしまっていました。そうしている間に、ある弁護士がいち早くインターネット上の誹謗中傷の対応を指南する書籍を出版したのですが、それを皮切りにインターネット上の誹謗中傷に関する書籍は大量に出版されるようになりました。
なお、宣伝になり恐縮ですが、私もここで匿名で紹介した弁護士らとともに新日本法規出版から書籍を出版させていただきました。
4 インターネット案件の近時の難しさ
現在ではいろいろな書籍も出版されていることもあり、一定程度の事案の処理は、インターネットにアレルギーのない弁護士であれば、対応できる余地が広がってきました。
しかし、日本の法律によって対応ができるのは、原則的には日本の法律に則ってサービスを提供しているものについてです。日本法人が運営しているサイトであるとか、海外法人が運営しているものであっても日本語サイトが作られ、日本語でサービス提供がされているのであれば、日本法に従う意図が見て取れます。そのため、このようなものについては対応することは比較的容易です。
しかし、これらについての対応を解説する書籍などが増えるのに伴って、サービス提供主体の表示をせず、日本でのサービス提供を前提としていない海外サーバーを利用するなどしているサイトも増えています。このようなサイトは対応が非常に困難で、被害回復が難しくなっています。
インターネットはそもそもワールドワイドに提供されているものであるため、このような問題をそもそも含んではいます。しかし、解決困難な事案であっても泣き寝入りをせず、被害回復ができるよう、海外サーバーを利用したサイトと悪戦苦闘しています。
全てが法律によって解決できるわけではありませんが、インターネット上の問題に関する法律整備が遅れている、といった指摘がしばしばされるところです。もし機会があるのであれば、インターネット関連の立法に携わることができればとも思っています。
(弁護士)
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