運輸・交通2020年09月08日 交通事故に基づく損害賠償実務と民法、民事執行法、自賠責支払基準改正(法苑191号) 法苑 執筆者:志賀晃
第一 はじめに
令和二年四月一日に、いわゆる改正民法の他、改正民事執行法、改正「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(以下「支払基準」という)も施行されている。
これらの改正は、交通事故に基づく損害賠償実務に影響を及ぼすものと考えられることから、本稿では、これらの改正について簡単に触れることにする。
なお、新民法に関する経過措置については、筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務 2018)等を参照されたい。
第二 民法改正
1 消滅時効
⑴ 短期消滅時効に関する改正(民法七二四条の二)
旧民法七二四条前段では、不法行為による損害賠償請求権の短期消滅時効期間について、被侵害利益の種類を問わず、一律三年間とされていた。
これに対し、新民法七二四条の二では、被侵害利益が「人の生命又は身体」である場合の短期消滅時効期間を五年間としている。
⑵ 長期の権利消滅期間の消滅時効期間化(新民法七二四条二号)
旧民法第七二四条後段の長期の権利消滅期間の性質について、判例(最高裁平成元年一二月二一日)はこれをいわゆる除斥期間であるとしていた。
これに対し、新民法七二四条二号では、この長期の権利消滅期間の性質を消滅時効期間としている。この消滅時効期間化により、長期の権利消滅期間についても、時効の更新・完成猶予の規定が適用されることになる。さらに、権利消滅の効果が生じるためには加害者側による援用行為が必要となり、場合によっては、この援用行為に対し、被害者が信義則違反、権利濫用等を主張する余地も生じることになる。
⑶ 時効障害事由(更新・完成猶予)
旧民法の時効の中断について、新民法では、その効果に着目して、時効の完成猶予と時効の更新に整理している。
時効の完成猶予とは、一定の事由がある場合に、時効期間は進行し続けるものの、本来の満了時期を過ぎても、所定の時期が経過するまで時効が完成しないとされることである。これに対し、時効の更新とは、一定の事由がある場合に、それまで進行していた時効期間の経過を無意味なものとし、時効の完成の基礎となる事実がなお存在するときには新たに時効の進行が開始するとされることをいう。
また、新民法では、時効障害事由として、協議を行う旨の合意による時効の完成猶予(新民法一五一条)を新たに設けている。この合意書については、公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟・損害賠償算定基準』(いわゆる『赤い本』)二〇二〇年版下巻一一二頁にこの合意書の例が掲載されている。
2 法定利率、遅延損害金、中間利息控除
⑴ 法定利率の変更、商事法定利率の廃止
法定利率について、旧民法四〇四条では年五パーセントとされていたところ、新民法四〇四条二項では年三パーセントに引き下げられている。
また、この法定利率の変更に伴い、旧商法五一四条(商行為によって生じた債務に関して年六パーセントの利率を定めていた)は削除されている。その結果、いわゆる車両保険等に基づく保険金請求訴訟における遅延損害金請求の割合も民法の法定利率が適用されることになる。
⑵ 法定利率適用の基準時
新民法では、将来の金利の一般的動向に合わせて法定利率を変更させる変動制を採用している(新民法四〇四条三~五項)。
そのため、利息、遅延損害金を法定利率によって算定する際の基準時をどの時点とするのかという問題が生じることになる。
この問題について、新民法四一九条一項本文は、遅延損害金の算定に用いる法定利率について、「債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率」によって定めるものとしている。
不法行為に基づく損害賠償請求権は、一般に、不法行為時に債務者はただちに履行遅滞に陥るものと解されていることから、不法行為時が「債務者が遅滞の責任を負った最初の時点」となり、遅延損害金については不法行為時の法定利率が適用されることになる。
⑶ 中間利息控除
旧民法下では、将来取得すべき利益・費用(逸失利益、将来治療費等)の損害賠償額算定の際にいわゆる中間利息の控除が行われていたが、これについて明文の規定はなかった。また、最高裁平成一七年六月一四日判決は、中間利息控除は法定利率の割合によって行わなければならないとしていた。
新民法では、この中間利息の控除を明文化した上で、控除の際に用いる利率について、上記判決を踏まえ、損害賠償請求権発生時点における法定利率を採用するものとしている(新民法四一七条の二)。
3 連帯債務
⑴ 絶対的効力事由の限定
旧民法下の連帯債務では、相対的効力の原則が採用されていた反面、絶対的効力事由(弁済及び弁済と同視すべき事由(代物弁済、供託)、履行の請求、更改、相殺、免除、混同、時効)が多く存在していた。
これに対し、新民法では、絶対的効力事由は、弁済及びこれと同視すべき事由の他、更改(新民法四三八条)、混同(新民法四四〇条)、相殺(新民法四三九条二項)に限定されている。
⑵ 不真正連帯債務
旧民法下の判例では、いわゆる不真正連帯債務について、絶対的効力事由は債権を満足させる事由(弁済、代物弁済、供託、相殺等)に限られるものとされていた。また、求償については、旧民法下の判例では、不真正連帯債務であっても求償関係は認められるものとされていた。
しかし、上記のとおり、新民法下では、連帯債務の絶対的効力事由は限定されることとなった。その結果、連帯債務と不真正連帯債務の差異は、連帯債務では一部の債務者が負担部分に満たない弁済を行った場合であっても他の債務者に負担割合に応じて求償できるのに対し、不真正連帯債務では負担部分を超えた弁済を行った場合のみ求償できる(最高裁昭和六三年七月一日判決(共同不法行為の事案)という点程度に限られることとなった。
そのため、新民法下では不真正連帯債務についても新民法の連帯債務に関する規定を適用すれば足りることから、不真正連帯債務という概念の必要性は乏しいとの指摘がある。
4 相殺禁止
旧民法下では、不法行為に基づく損害賠償債権を受働債権とする相殺は一律禁止されていた。そして、最高裁昭和四九年六月二八日判決は、当事者双方の過失に起因する同一事故によって生じた物的損害に基づく損害賠償債権相互間においても相殺は許されないものとしていた。
これに対し、新民法では、禁止される相殺の範囲を、悪意による不法行為に基づく損害賠償債権を受働債権とする相殺と、人の身体・生命の侵害による損害賠償債権とする相殺に限定している(新民法五〇九条)。
その結果、例えば、上記最高裁判決の事案のような典型的な物損事故については、相殺の意思表示を行おうとする者に「悪意」がない限り、相殺は可能ということになる。
なお、新民法五〇九条一号の「悪意」の意義については、積極的に他人を害する意思を意味し、単なる故意では足りないものとされている。
第三 支払基準改正
新支払基準は、令和二年四月一日以後に発生する事故に適用されるものとされている。
この新支払基準の主な変更点は、下記のとおりである(なお、新支払基準は、『赤い本』二〇二〇年版上巻四三五頁に掲載されている)。
1 「傷害による損害」部分の改正
・入院中の看護料…一日につき四、二〇〇円に増額
・近親者等の自宅看護料又は通院看護料…一日につき二、一〇〇円に増額
・休業損害…一日につき原則として六、一〇〇円に増額
・慰謝料…一日につき四、三〇〇円に増額
2 「後遺障害による損害」部分の改正
⑴ 別表第一(介護を要する後遺障害)の慰謝料の増額
・第1級…一、六五〇万円
・第2級…一、二〇三万円
⑵ 別表第二(別表第一以外の後遺障害)のうち第1級から第12級までの慰謝料の増額
・第1級…一、一五〇万円
・第2級…九九八万円
・第3級…八六一万円
・第4級…七三七万円
・第5級…六一八万円
・第6級…五一二万円
・第7級…四一九万円
・第8級…三三一万円
・第9級…二四九万円
・第10級…一九〇万円
・第11級…一三六万円
・第12級…九四万円
3 「死亡による損害」部分の改正
・葬儀費…一〇〇万円に増額
・死亡本人の慰謝料…四〇〇万円に増額
4 「別表」部分の改正
・別表Ⅱ─1(就労可能年数とライプニッツ係数表)の改正
・別表Ⅱ─2(平均余命年数とライプニッツ係数表)の改正
・別表Ⅲ(全年齢平均給与額(平均月額))の改正
・別表Ⅳ(年齢別平均給与額(平均月額))の改正
第四 民事執行法改正
新民事執行法二〇六条は、執行裁判所が、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権についての債務名義を有する者の申立てにより、市町村、日本年金機構等に対し、給与債権に関する情報を申立人へ提供するよう命ずる制度を新設している。
この制度は、特に人身事故加害者が自動車保険に加入していないような場合において、被害者の現実的救済に資することになろう。
(弁護士)
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