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一般2014年09月04日 法律という窓からのながめ(法苑173号) 法苑 執筆者:浅井隆

 法律という窓から、世の中にあるさまざまな世界を見てみたい。
 私が、法曹をめざした動機である。一度の人生、いろいろ世界を見たい。浅くてもよいから広く、と思った。
 それから、月日が経つのも早く三〇年余が過ぎた。法曹資格取得には人並みに苦労したが、なんとか三〇歳になる前に弁護士となることができ、来年で弁護士の仕事を始めて二五年になる。
 法曹をめざした動機は、現在も在籍する法律事務所(労働法専門の使用者側)に入所し、働くことで、叶えられた。労働法という窓から、労働事件(通常訴訟、仮処分、労働審判、不当労働行為救済申立事件、あっせん、労働組合との団体交渉等)対応や相談・助言業務(労働条件の不利益変更といった制度変更の相談・助言、問題社員への解雇等といった個別事案の相談・助言)を通じて、多くの企業のその企業を取り巻く世界を見ることができた。刺激的な二五年であった。同時に、世界の変化も感じとることができた。広く浅く見ることは、逆に鳥瞰的に見ることにもなる。
 例えば、弁護士になりたての一九九〇年代、バブル経済が崩壊して大手証券会社の一つが倒産し、これを米国証券会社が買収したが、その後個人顧客ビジネスから撤退し組織を大幅に縮小した。その各過程で行われた企業買収、その後の部門閉鎖は、当然、労働条件の変更(前者)、人員整理(後者)を伴う。これを労働法専門の弁護士が担うと、それぞれの時点に合う戦略を立て、それを具体化し、かつ時系列の行動計画へ落とし込む。その作業では、企業理念とその時点の企業をとりまく環境を分析することになり、その中で社会=世界の変化を感じ取ることとなる。
 二〇一〇年代に入ると、国際的金融機関は、効率性(収益力)をより追求し、ビジネス(経営)を国単位ではなく、国を超えた地域単位(例えば、アジア・パシフィック地域)とし、労働コストの低い地域(インド等)に定型的業務を集中し、国情・文化の相違から複雑な対応を求められる(付加的価値の高い)業務だけ先進国(日本)に残す、という動きを強める。このため、日本の(国際的金融機関の)子会社では、日本でそれまで行ってきた業務で移管可能なものを海外に移し、人員削減する。労働法専門の弁護士には、これを円滑に進めるための仕事が依頼される。その仕事をうまくやるには、その業務が海外に移ることがやむを得ないことの説明が必要となり、その準備をする中で、ボーダレス化した今日の世界では、労働者同士が一つの市場の中で競争させられているという現実を、弁護士自身が突きつけられることになる。
 また、企業からセミナーの依頼も多く、その仕事をする中でも労働環境の変化を強く感じる。例えば、以前などあまり注目されなかった「多様性(ダイバーシティー)の尊重」がよい例である。労働市場もボーダレス化し、日本国籍以外の労働者を新卒で採用する企業が増えており、その傾向はますます強まっている。そういった状況で、企業は、異なる文化・宗教・思想・性的傾向を持つ労働者への差別意識が従業員間にあっては、事業に支障が生じることから、「多様性の尊重」を企業理念に加える。企業内セミナーを依頼されると、これが中心的内容の一つとなる。
 他方、ボーダレス化の影響を受けそうもない中学高校の私立学校法人でも、少子化という時代の変化の影響をもろに受けている。私が弁護士になった一九九〇年とは、全く状況が変わってきている。少子化に伴って、受験者数が減ったため、合格させられる人数も定員にまだ余裕があっても、絞らざるを得ない。そうなると、補助金も減るので、財務状況も悪化し、それまでの教職員の待遇をそのまま確保することができなくなる。そこで、私立学校法人から、悪化した財務状況においてどのような人事労務施策ができるか、という仕事の依頼となる。
 このように、わずか二〇数年で、時代は変化し、その変化に伴って労働事件や相談・助言案件の内容が変ってきている。
 どの企業でも、時代の変化に直面するが、労働法の分野では、その変化の内容は金融機関ではボーダレス化、私立学校では少子化とその変化の内容は異なっても、変化に直面した企業が対応する相手が労働者であることは共通である。ところが、労働者は、概して保守的で変化を嫌う。それは、変化することが日々の生活、人生設計に大きな影響を及ぼすからである。予測ができない状況(=変化すること)が不安で、その不安から変化を嫌うことになる。
 このことは何を意味するかというと、企業が、時代の変化に対応するため人事制度(運用)を変更しようとすると、多くの場合、変化を嫌う従業員達から強い反発を受ける、ということである。反発されるのが嫌で、慎重すぎたり、あるいは勇気がなかったりして、立ちすくんでは、時代の変化に取り残されることになる。
 しかし、これは労働者にとっても悲劇的な結果となる。時代の変化に取り残された企業は、生き残ることはできない。結局、労使共倒れになる。これは、過去の多くの優良企業が時代の変化に対応できず(せず)、その後衰退したという歴史からも分かる。時代の変化の中で残ることがいかに難しいかは、八〇〇年以上前に書かれた方丈記の有名な書き出しにも示されている。他方、よくビザンティン帝国が例として挙げられるが、時代の変化に対応すれば、長期の繁栄が続けられることも、歴史が証明している(井上浩一「生き残った帝国ビザンティン」講談社学術文庫)。つまり、いつの時代も、時代の変化に対応する勇気と忍耐力がなければダメである。労働法(人事労務面)の分野では、なおさらである。
 労働法専門(企業側)の弁護士の役割は、自分を信頼し依頼してくれる顧客(企業)に対し、時代の変化に対応して一歩踏み出すため、(経営者自身が)安心し確信を持てる行動計画を、具体的に提案し、タイムスケジュールを示すことで可視化することである。
 ただ、時代の変化は、何十年、何百年後から振り返れば、それこそ鳥瞰的に見れるので分かりやすいが、変化が起きている時点では、現実が刻々と、しかもモザイク模様で変化しているので、気づきにくい。例えば、先ほどの「多様性の尊重」にしても、現時点で、多くの企業が理念に加えているわけではないし、外国人労働者を幹部社員候補として新卒採用する会社はいまだ少なく、その採用人数も企業によっていろいろである。しかし、時代がどの方向に変化しているかは、このモザイク模様が数年間の経過で変化する方向で読みとることができる。
 したがって、労働法専門(企業側)の弁護士のもう一つの役割は、労働法分野でこの現在進行形で変化しつつある状況を、顧客である企業に先手を打って対応できるよう情報提供し、その経営意識の中に入れるようにすることである。
 法律を窓口にしていろいろな世界を見たい、という私の法曹を目指したときの動機は、今は法律を窓口にしていろいろな世界の変化を見てとり、それに乗っかって進んでみたい、という思いに変わってきている。
 行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。
 世の中にある人と栖と、またかくの如し。
 玉敷の都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き・賤しき人の住ひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家は稀なり。或は、去年焼けて、今年造れり。或は、大家亡びて、小家となる。
 住む人もこれに同じ。所も変らず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかに一人・二人なり。朝に死に、夕に生るる習ひ、(ただ)、水の泡にぞ似たりける。

(弁護士)

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