一般2014年09月04日 『フリー・シティズンシップ・クラス(Free Citizenship Class)について』(法苑173号) 法苑 執筆者:山本順一

二〇一四年五月一六日(金)。わたしが昨年九月から「visiting scholar」としてお世話になっているアリゾナ大学社会行動科学部情報資源図書館学科の卒業式に参列することになった。図書館の専門職であるライブラリアンを養成するこの「ライブラリー・スクール」(専門職大学院)から、計四一人の院生が社会にはばたいた。うち一名は博士の学位(Ph.D )を取得、三九名が専門職ライブラリアンの基礎資格である「MA in IRLS」を、残る一名は「MA in IRLS」のほか、いま一つの修士の学位(MA)とあわせて二つの修士の学位(MA)を得る「Dual Master」として卒業した。なかには「e-student」と呼ばれるインターネットを通じての遠隔教育で所定の単位を取得したものもいる。ほとんどが女性で年齢にはバラつきがあり、卒業式の会場では何人かの子どもの泣き声が壇上からのスピーチをさえぎった。
彼女たちの少なからずは現在図書館で「assistant librarian」とか「associate librarian」として働いているし、これから図書館を職場にしようとしている若者もいる。デジタルコンテンツや紙媒体の図書や雑誌を取り扱うだけでなく、多種多様なサービスを提供するのが、彼らが働き、また、働こうとする図書館であるが、本稿ではアメリカの公共図書館で実施されている『フリー・シティズンシップ・クラス』について紹介してみたい。なお、本稿では、現在のわたしに身近なピマ・カウンティ・パブリック・ライブラリーを例にとって論じるが、この『フリー・シティズンシップ・クラス』の制度はアリゾナに限定されたものではなく、アメリカ全体の公共図書館で実施されている一般的なものである。
九〇万人の住民に対してサービスを展開している、地元のピマ・カウンティ・パブリック・ライブラリーのホームページ( http://www.library.pima.gov/ )をのぞき、「 Events Classes & Programs 」のところをクリックしていただくとポップアップがでてくる。その左端の上から二番目に「 Citizenship Classes 」がある。そこを叩くと「ピマ・コミュニティ・カレッジ成人教育部が教える無料のシティズンシップ・クラスで、アメリカ合衆国の政府、アメリカの歴史、およびアメリカ合衆国の市民であることにともなう権利と責任を学ぶことによって市民権取得試験のための準備をしよう」とある。実施期間中であれば、いつでも登録し、はじめることができる。このようなことが英語で書かれており、その下に同様の文章がスペイン語で書かれている。
人口三億二〇〇〇万人のアメリカで、一割の人たちは家庭では主としてスペイン語を話している。スペイン語はアメリカでは英語に次ぐ日常言語で、スペイン語を話す人たちは一九九〇年と比較して二倍を超えるまでになっている。
現在わたしが住み、アリゾナ大学のあるトゥーソン、ピマ・カウンティ・パブリック・ライブラリーの中心市は、車で一時間半、一〇〇キロちょっとでメキシコに入るところにある。国境を超えて人とモノが頻繁に流通する状況でアメリカの市民権(国籍)を取得しようとする人たちは多い。このピマ・カウンティ・パブリック・ライブラリーが地元のコミュニティ・カレッジと共同して行う『フリー・シティズンシップ・クラス』は、多くはメキシコから流入してきたメキシコ・スペイン語を常用語とする人たちを対象としているのである。
ピマ・カウンティ・パブリック・ライブラリーは、中央館と二六の分館から構成される図書館システムである。『フリー・シティズンシップ・クラス』を実施しているのはそのうちエクストロム・コロンブス( Eckstrom-Columbus ) 分館、マーサ・クーパー( Martha Cooper )分館、ナニニ( Nanini )分館、サム・レナサウス・トゥーソン( Sam Lena-South Tucson )分館、バレンシア( Valencia )分館の五つの分館である。エクストロム・コロンブス分館はト ゥーソンの都心から八キロほど南東、マーサ・クーパー分館は都心から八キロばかり東、ナニニ分館は都心から一六キロほど北西、サム・レナサウス・トゥーソン分館は都心から三キロほど南、バレンシア分館は都心から一四キロほど南のところにある。三分館が南部に集中しているのはこの講座が対象としている人たちがその地域に多く住んでいるからである(トゥーソン市は東部と北部に高級住宅地が展開している。)。ナニニ分館は独自の基礎的自治体をもたない未編入地域にあり、カウンティ保安官事務所の支所が同一の建物におかれ、日本的感覚からすれば少し違和感を覚えたが、支所に置かれたチラシから交通安全や警備活動のボランティアを募集採用するうえでも公共図書館の分館との複合施設にすることには保安官事務所にとってメリットがあるように思われた。
エクストロム・コロンブス分館は月曜、ほかの四分館はすべて木曜日に『フリー・シティズンシップ・クラス』が実施されている。時間は、社会人が仕事が終わってから参加ができる午後六時から七時半の九〇分が充てられている。この講座は週一回の一〇回程度で編成されている。サム・レナサウス・トゥーソン分館だけがスペイン語で行われるとされており、ナニニ分館をのぞく三分館ではシラバスには英語で行うとされているが、見学した限りではほとんどすべての『フリー・シティズンシップ・クラス』の講師はスペイン語が使いこなせるものと思われる。なぜなら、講師を務めているのは、過去に自分自身がシティズンシップ試験を受け、合格し、アメリカの市民権取得のメリットを実感している人たちだからである。
『フリー・シティズンシップ・クラス』の簡単なシラバスには、「いまこそアメリカ合衆国市民になるというあなたの夢をかなえるときです。ピマ・コミュニティ・カレッジ成人教育部が提供するフリー・シティズンシップ・クラスに参加しましょう。この講座は、市民権取得試験の準備をしながら、アメリカ合衆国の統治と歴史について学び、あなたの英語のスキルを向上させる機会を提供します」とある。実際にこの講座に参加した際、いただいた資料の一つに合衆国市民権・移民業務局( U.S. Citizenship and Immigration Services : USCIS )が二〇一一年に発行している「 Learn About the United States : Quick Civics Lessons for the Naturalization Test 」という小冊子がある(三〇頁程度のブックレットで、二〇一三年六月に改訂されたものがインターネット上でも取得できる。)。
実際に行われる市民権取得試験の面接において、口頭で質問される問題(三問)は、この小冊子の一〇〇問のうちから出題される。印象としては、関係法令に定める所定の要件さえクリアしていれば、この市民権を取得することはそう難しくないように思えるし、講師の先生方もそのように話されていた。なお、二〇一二年にアメリカの市民権を取得した人は七六万人弱で、うちメキシコ生まれが一〇万人以上を占める。
ピマ・カウンティ・パブリック・ライブラリーのホームページに戻ると、『フリー・シティズンシップ・クラス』のすぐ下に「英語クラス」( English Classes )とあり、公共図書館で英語の講座が開設されていることが分かる。英語クラスは『フリー・シティズンシップ・クラス』の倍の一〇分館で実施されている。初級クラスが八分館、上級クラスが四分館で、ミッション分館とナニニ分館は両方を開設している。週に一度とは限らず、二度、三度開催する分館もあり、時間も夕方の午後六時から七時半とは限らず、午前や正午から午後二時のクラスも設置されている。都心から四〇キロ南にあるジョイナーグリーン・バレー( Joyner-Green Valley )分館が英語とスペイン語のバイリンガル・クラスを置き、すべてのクラスが英語とスペイン語で表示されていることから、主としてスペイン語を常用語とする人たちのための英語教室ということが分かる。『フリー・シティズンシップ・クラス』は、単独で機能しているのではなく、幅広く行われている英語教室と連動し、成果をあげているのである。
アメリカ史上、スコットランドから一家をあげて移民し、ジョン・ロックフェラー一世( John Davison Rockefeller, Sr 、1839-1937 )と並び称される大富豪となった鉄鋼王アンドリュー・カーネギー( Andrew Carnegie 、1835-1919 )のような存在があり、程度の差は大きいとしても、小さなアメリカン・ドリーマーたちは現在も身近に少なくない。一九世紀までとは異なり、貧富の差が構造的に激化している今日においても、「アメリカ合衆国市民になるという夢をかなえよう!」という『フリー・シティズンシップ・クラス』のキャッチコピーは、メキシコからの移民にとって、この国では一定の魅力を備えているのである。
日本という国も、たんなる人口維持や人口の減少防止を唱えるのではなく、将来にバランスのとれた魅力ある国づくりをしようとすれば、「すべての人びとは平等」( all men are created equal )につくられており、出自に関わりなく、それぞれに「幸福追求の権利」があるという事実を想起し、アメリカで四八番目の州、アリゾナの地で公共図書館が行っている『フリー・シティズンシップ・クラス』から学ぶべきことは少なくないと思われる。
(桃山学院大学教授)
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