一般2016年09月05日 弁護士・弁護士会の被災者支援―熊本地震に関して―(法苑179号) 法苑 執筆者:澤健二
1 熊本地震の概要
熊本の地震発生から三か月が経過しました。いまも四、七〇〇人くらいの被災者が避難所生活を続けられており、復旧途上にあります。
七月一七日の報道では、震災関連死だとして七四名の遺族の方が災害弔慰金の交付申請をし、熊本市は現在のところ一〇名を震災関連死であると認めているようです。関連死が震災で直接亡くなられた方の数を上回る勢いなのは極めて残念です。関連死は防げた死であり、被災者の方々のストレスをいかに少なくするかに照準を合わせた支援が求められます。
ざっと地震の概要を整理しますと、四月一四日二一時二六分ころ、熊本地方を震源地とするM六・五、最大震度七の直下型地震が発生し、その日の震度四以上の地震が一二回。二時間半で一二回ということになります。一五日は震度四以上の地震一二回発生。一六日一時二五分ころ、熊本地方震源地M七・三、最大震度七の直下型地震が発生。一四日の地震は前震とされ一六日未明の地震が本震とされました。
大きな余震が長期間続いたため、避難所の他、車中泊、テント村など壊れていない家屋からも避難者が多かったことが特徴です。
熊本県のホームページによれば、八月三日速報値で、人的被害は、死者四九人、行方不明一人、関連死(疑い含む)三八人、重軽傷者二、一六九人。家屋損壊が一六万二、四二七件と阪神淡路大震災を超えました。
2 被災者支援の必要性
弁護士は、災害には役に立たないと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、被災後早期の法的情報の提供や相談は、被災者の不安を少しでも和らげ、不必要な紛争を防止します。被災者から伺った多数の相談から立法事実を吸い上げ新たな被災者支援の法制度を構築したり、柔軟な運用を促したりする活動をしたり、復興期には行政と被災者の橋渡しをする等弁護士及び弁護士会のなす被災者支援は人権擁護活動として不可欠であると考えています。
日本弁護士会連合会には災害復興支援委員会という委員会が存在し、中越地震、中越沖地震、東日本大震災、広島豪雨、鬼怒川決壊等の豪雨土砂崩れ災害等で被災者支援を続けてきて、支援の方法の承継・レベルアップがなされてきています。
熊本地震の際も、熊本の弁護士らは他の多くの住民同様、熊本に地震が来ると考えていませんでした。災害時に適用される法律は、弁護士の普段の仕事において使うものではないので、多くの弁護士に事前の知識はありません。しかし、被災者の支援はしなければなりません。とすると慌てて勉強しないといけません。四月二一日に日弁連から派遣された宮城県と広島県の弁護士が熊本に入り、被災者支援の法制度の研修をしました。熊本の弁護士は自らも被災者でありながら、大慌てで勉強し、熊本県弁護士会ニュースの発行、電話による無料法律相談に始まり、避難所や現地へ出向いての相談を繰り広げ、素晴らしい被災者支援活動をされています。
3 災害の法構造
大きな災害が起きると災害救助法が適用されるか否かが検討されますが、「住家」被害の程度が適用の有無の基準となっています。災害救助法が適用になると、罹災証明の問題が生じます。罹災証明は住家の損壊の程度を問題にします。全壊・大規模半壊と判定されるか半壊と判定されるかにより、その後の支援の程度が大きく異なるため、その判定は極めて重大です。熊本では、家屋の損壊が極めて多いので、罹災証明書の発行が遅れているということが報道等で指摘されていました。住家の損壊の程度とその後の支援の程度がリンクされているため、半壊と判定された方は当然に二次調査を求めますので、そう簡単には進まないでしょう。全国各地から建物を見ることができる自治体職員が応援に入っていますが、住家損壊の程度と支援の程度を関連付けることをやめた方が合理的で、無用な調査を繰り返す必要がないと思います。
「住家」を基準にするため、被災者生活再建支援法による支援も「世帯」基準に支援金を支払う構造になっています。個人単位に改められるべきだと思います。
以下熊本地震で始まった、若しくは改められた法制度をご紹介します。
4 自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン
東日本大震災の時に作られたものをもとに平成二七年一二月に自然災害全般に適用されるように策定されたもので、平成二八年四月一日から運用が始まった制度です。住宅ローンのある建物が災害で倒壊し、新たに家を建てるにも今のローンを支払いつつ新たな住宅ローンを支払うことは通常の家庭では無理でしょうから、震災前の債務を整理した上で、被災者に新たに出発をしてもらおうという制度です。制度の理念自体はいいのですが、東日本大震災では一二万戸以上の住家被害がありましたが、債務整理の成立件数は一、三三一件とあまり使われない制度に終わってしまいました。
制度自体は、所得要件等種々の要件はありますが、債務整理をしても①いわゆるブラックリストに登録されないので新しいローンが組める、②被災者生活支援金や弔慰金の他、五〇〇万円以内の預金を手元に残せて旧ローンの免除を受け得る、③原則として保証人に請求がいかない、④無料で弁護士等の支援が受けられる、というものでうまく運用されれば被災者支援に効果的です。熊本において七月上旬の時点で二七〇件の申請があったと報道されており、制度が有効に使われるかどうかの試金石になります。
5 災害弔慰金の運用改正
災害により死亡された場合、災害弔慰金の支給に関する法律に基づき遺族に弔慰金が支払われます。東日本大震災までは遺族とは子、父母、孫及び祖父母とされていましたが、東日本大震災の際に、遺族の範囲が広がり、兄弟姉妹(死亡した者の死亡当時その者と同居し、又は生計を同じくしていた者に限ります。)が追加されました(東北では兄弟だけで生活していた世帯が多く、なぜ兄弟には支給されないのかという相談が多かったためそのデータを集積して法改正に繋げられたケースの一つです)。
支給される金額は、「生計を主として維持していた場合にあっては五〇〇万円、その他の場合にあっては二五〇万円とする。」とされています。「生計を主として維持していた場合」とは、一家の稼ぎ頭という程度の意味合いかと思いきや、昭和五〇年の厚生省の通達で、「遺族の収入」が一定額以下という要件が付されていて、東日本大震災時には「一定額」は一〇三万円とされていました。つまり①死亡したご主人が一、〇〇〇万円の収入があり、生き残った奥さんが一五〇万円の収入があったとすると、ご主人の弔慰金は二五〇万円になってしまうのです。②ご主人が五〇〇万円の収入があり奥さんが一〇〇万円の収入であったとすると、死亡したご主人の弔慰金は五〇〇万円になります。東日本大震災の時に岩手県で被災者支援活動をしていた弁護士によると、①のような事例で一〇三万円以上収入のあった奥さんから「私が働いていたせいで、夫の命が半分になった。私は働いていない方がよかったのか」と涙を浮かべながら訴えられたそうです。しかし、東日本大震災の時には改正できませんでした。二万件に及ぶ災害弔慰金支給のうち五〇〇万円が支給されたのは全体の一九%しかなかったそうです。
それが今年の六月一日に内閣府が「生計を主として維持していた場合」について、世帯の生活実態等を考慮して市町村において個別に判断するという通達を出しました。専業主婦が多かったであろう昭和五〇年の通達を共働き世帯が多い現代にまで通用させていたこと自体が間違いだと思いますが、大きな前進です。今後、市町村による個別判断の内容が注目されます。
6 仮設住宅
大きな災害が起きると災害救助法が適用されるか否か検討され、適用が決まると救助が始まります。災害救助法の適用は住家被害の規模によることとなっていますので、救助の種類の一番目に「避難所及び応急仮設住宅の供与」(四条一項一号)があります。災害救助法は昭和二二年に成立した法律で、当時の都市や市場の状況からは大災害に見舞われた地域では物の流通は途絶され、お金があっても物が買えない状況を想定し、行政による救助がないと生存が脅かされるような時代背景を前提に立法されています。それゆえ現物支給が原則になっています。今では、被災しても車で少し走ればコンビニが開いていたりしますので、現物支給にこだわる必要はありません。
仮設住宅でいいますと、行政が公有地や土地を借り上げ仮設住宅を造り、被災者に「供与」するという原則は揺るがず、自宅は壊れたが今までの場所に住みたいので、自宅敷地に仮設住宅を作ってくれという要望はかないませんでした。
しかし、今回熊本では、農畜産業者に限ってではありますが、自宅敷地内に設ける簡易住宅を仮設住宅と認め、その設置費用を国と市町村が負担することを認めました。農畜産業者が畑や家畜を見なければならず自宅で居住する必要性が高いという判断であろうと思いますが、敷地が大丈夫であれば自宅に仮設住宅を認め、コミュニティーを維持しつつ、二年間自宅新築費用を蓄える期間を与える方が、国や市町村も土地確保の手間や費用が省け双方にとっていいことのように思えるので、一つの突破口になればと期待します。
7 災害ケースマネジメント
災害救助法は「住家」被害を根拠に適用され、災害救助が「住家」の被害から組み立てられているため、被災者生活支援法も「世帯」単位で支援をする構造になっています。前に述べた罹災証明も「住家」の損壊の程度を支援の程度にリンクさせる構造になっています。
しかし、災害によって受けたダメージは、まさに人それぞれで極めて多様です。男性・女性、子ども、職の問題、健康の問題等々一人ひとり抱える問題が異なると言って過言ではありません。世帯を対象に支援するのではなく個人個人をそれぞれの事情に応じて支援することが大切であるように思います。
日弁連は、今年二月に個人単位の支援を促す意見書を公表しています。そこでは①被災者生活支援員を配置し、②支援員が被災者一人ひとりが抱える課題を把握し、③被災者一人ひとりの被災者台帳を作成し、④被災者一人ひとりについて支援計画を策定し、⑤被災者生活支援員が計画の実行を見守り、平時の生活までケアするという「災害ケースマネジメント」を提案しています。
その方向へ向かっていくよう活動を続けていきたいと思います。
愛知県被災者支援センターでは、東日本大震災により愛知県へ避難されてきた被災者に対し、平成二三年七月からパーソナルサポート会議(PS会議)と銘打って、一人ひとりを平時の生活ができるまで被災者を避難先自治体と繋げ、避難先自治体が被災者一人ひとりをサポートできるよう活動を続けています。今年の七月までに一一七回の会議を続けてきています(隔週開催)。これもケースマネジメントの精神が被災者支援に欠かせないとの思想からです。
熊本地震についても、まだまだ今後の課題ですが、被災者一人ひとりが人間としての復興を遂げるまで、一人ひとりに寄り添う支援が必要です。
(弁護士、愛知県弁護士会)
人気記事
人気商品
法苑 全111記事
- 裁判官からみた「良い弁護士」(法苑200号)
- 「継続は力、一生勉強」 という言葉は、私の宝である(法苑200号)
- 増加する空き地・空き家の課題
〜バランスよい不動産の利活用を目指して〜(法苑200号) - 街の獣医師さん(法苑200号)
- 「法苑」と「不易流行」(法苑200号)
- 人口減少社会の到来を食い止める(法苑199号)
- 原子力損害賠償紛争解決センターの軌跡と我が使命(法苑199号)
- 環境カウンセラーの仕事(法苑199号)
- 東京再会一万五千日=山手線沿線定点撮影の記録=(法苑199号)
- 市長としての14年(法苑198号)
- 国際サッカー連盟の サッカー紛争解決室について ― FIFAのDRCについて ―(法苑198号)
- 昨今の自然災害に思う(法苑198号)
- 形式は事物に存在を与える〈Forma dat esse rei.〉(法苑198号)
- 若輩者の矜持(法苑197号)
- 事業承継における弁護士への期待の高まり(法苑197号)
- 大学では今─問われる学校法人のガバナンス(法苑197号)
- 和解についての雑感(法苑197号)
- ある失敗(法苑196号)
- デジタル奮戦記(法苑196号)
- ある税務相談の回答例(法苑196号)
- 「ユマニスム」について(法苑196号)
- 「キャリア権」法制化の提言~日本のより良き未来のために(法苑195号)
- YES!お姐様!(法苑195号)
- ハロウィンには「アケオメ」と言おう!(法苑195号)
- テレビのない生活(法苑195号)
- 仕事(法苑194号)
- デジタル化(主に押印廃止・対面規制の見直し)が許認可業務に与える影響(法苑194号)
- 新型コロナウイルスとワクチン予防接種(法苑194号)
- 男もつらいよ(法苑194号)
- すしと天ぷら(法苑193号)
- きみちゃんの像(法苑193号)
- 料理を注文するー意思決定支援ということ(法苑193号)
- 趣味って何なの?-手段の目的化(法苑193号)
- MS建造又は購入に伴う資金融資とその担保手法について(法苑192号)
- ぶどうから作られるお酒の話(法苑192号)
- 産業医…?(法苑192号)
- 音楽紀行(法苑192号)
- 吾輩はプラグマティストである。(法苑191号)
- 新型コロナウイルス感染症の渦中にて思うこと~流行直後の対応備忘録~(法苑191号)
- WEB会議システムを利用して(法苑191号)
- 交通事故に基づく損害賠償実務と民法、民事執行法、自賠責支払基準改正(法苑191号)
- 畑に一番近い弁護士を目指す(法苑190号)
- 親の子供いじめに対する様々な法的措置(法苑190号)
- 「高座」回顧録(法苑190号)
- 知って得する印紙税の豆知識(法苑189号)
- ベトナム(ハノイ)へ、32期同期会遠征!(法苑189号)
- 相続税の申告業務(法苑189号)
- 人工知能は法律家を駆逐するか?(法苑189号)
- 土地家屋調査士会の業務と調査士会ADRの勧め(法苑189号)
- 「良い倒産」と「悪い倒産」(法苑188号)
- 民事訴訟の三本の矢(法苑188号)
- 那覇地方裁判所周辺のグルメ情報(法苑188号)
- 「契約自由の原則」雑感(法苑188号)
- 弁護士と委員会活動(法苑187号)
- 医療法改正に伴う医療機関の広告規制に関するアウトライン(法苑187号)
- 私の中のBangkok(法苑187号)
- 性能規定と建築基準法(法苑187号)
- 境界にまつわる話あれこれ(法苑186号)
- 弁護士の報酬を巡る紛争(法苑186号)
- 再び大学を卒業して(法苑186号)
- 遺言検索システムについて (法苑186号)
- 会派は弁護士のための生きた学校である(法苑185号)
- 釣りキチ弁護士の釣り連れ草(法苑185号)
- 最近の商業登記法令の改正による渉外商業登記実務への影響(法苑185号)
- 代言人寺村富榮と北洲舎(法苑185号)
- 次世代の用地職員への贈り物(法苑184号)
- 大学では今(法苑184号)
- これは必見!『否定と肯定』から何を学ぶ?(法苑184号)
- 正確でわかりやすい法律を国民に届けるために(法苑184号)
- 大阪地裁高裁味巡り(法苑183号)
- 仮想通貨あれこれ(法苑183号)
- 映画プロデューサー(法苑183号)
- 六法はフリックする時代に。(法苑183号)
- 執筆テーマは「自由」である。(法苑182号)
- 「どっちのコート?」(法苑182号)
- ポプラ?それとも…(法苑182号)
- 「厄年」からの肉体改造(法苑181号)
- 「現場仕事」の思い出(法苑181号)
- 司法修習と研究(法苑181号)
- 区画整理用語辞典、韓国憲法裁判所の大統領罷免決定時の韓国旅行(法苑181号)
- ペットの殺処分がゼロの国はあるのか(法苑180号)
- 料理番は楽し(法苑180号)
- ネット上の権利侵害の回復のこれまでと現在(法苑180号)
- 検事から弁護士へ― 一六年経って(法苑180号)
- マイナンバー雑感(法苑179号)
- 経験から得られる知恵(法苑179号)
- 弁護士・弁護士会の被災者支援―熊本地震に関して―(法苑179号)
- 司法試験の関連判例を学習することの意義(法苑179号)
- 「スポーツ文化」と法律家の果たす役割(法苑178号)
- 「あまのじゃく」雑考(法苑178号)
- 「裁判」という劇薬(法苑178号)
- 大学に戻って考えたこと(法苑178号)
- 生きがいを生み出す「社会システム化」の創新(法苑177号)
- 不惑のチャレンジ(法苑177号)
- タイ・世界遺産を訪ねて(法苑177号)
- 建築の品質確保と建築基準法(法苑177号)
- マイナンバー制度と税理士業務 (法苑176号)
- 夕べは秋と・・・(法苑176号)
- 家事調停への要望-調停委員の意識改革 (法苑176号)
- 「もしもピアノが弾けたなら」(法苑176号)
- 『江戸時代(揺籃期・明暦の大火前後)の幕府と江戸町民の葛藤』(法苑175号)
- 二度の心臓手術(法苑175号)
- 囲碁雑感(法苑175号)
- 法律学に学んだこと~大学時代の講義の思い出~(法苑175号)
- 四半世紀を超えた「渉外司法書士協会」(法苑174号)
- 国際人権条約と個人通報制度(法苑174号)
- 労働基準法第10章寄宿舎規定から ディーセント・ワークへの一考察(法苑174号)
- チーム・デンケン(法苑174号)
- 仕事帰りの居酒屋で思う。(健康が一番の財産)(法苑173号)
- 『フリー・シティズンシップ・クラス(Free Citizenship Class)について』(法苑173号)
- 法律という窓からのながめ(法苑173号)
関連カテゴリから探す
-
団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス
Copyright (C) 2019
SHINNIPPON-HOKI PUBLISHING CO.,LTD.