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一般2016年05月04日 「スポーツ文化」と法律家の果たす役割(法苑178号) 法苑 執筆者:工藤洋治

1 「スポーツ」と「文化」
 「スポーツ文化」という言葉が使われるようになって久しい。
 しかし、もともと、「スポーツ」と「文化」とは、交わることのない、むしろ対置される概念として捉えられてきた。
 「体育会系」と「文化系」とが、互いに種類の異なる人間として距離を置き合う傾向にあることからも、このことは理解されよう。フリー百科事典ウィキペディアによると、「文化系」とは「スポーツよりも、芸術、学問など文化的な事項の方をいちじるしく好む人の総称やそのような人の性格の総称。」と説明されている(傍点筆者)。ご興味のある方は、「体育会系」も是非ご覧いただきたい。
 「世間のことばの後を追いかけてゆく」(増井元『辞書の仕事』(岩波新書・二〇一三)一〇九頁)とされる辞書をひも解くと、例えば『大辞林 第三版』(三省堂・二〇〇六)では、今のところ、「スポーツ」とは「余暇活動・競技・体力づくりとして行う身体運動。」であり、「文化」とは「学問・芸術・宗教・道徳など、主として精神的活動から生み出されたもの。」とされている(傍点筆者)。

2 文化としてのスポーツ
 ところがいまや、スポーツが文化の一つであることは、法律で明らかにされている。
 平成二三年に成立した「スポーツ基本法」には、憲法さながら「前文」があるのだが、その冒頭において、「スポーツは、世界共通の人類の文化である。」と高らかに謳われている。
 音楽や芸術といった「伝統的な文化」を例に考えてみると、これらは、人間の動物的生存にとって不可欠なものではない。しかし、人間らしい豊かな人生を送るうえでは必要なもの、否、「必要」というよりも、「豊かな人生を送ろうとする人間が、自ずと欲するもの」といえるだろう。スポーツと伝統的な文化との共通項は、このあたりにありそうである。
 スポーツ基本法の前文は、次のようにも述べている(傍線筆者)。

スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利であり、全ての国民がその自発性の下に、各々の関心、適性等に応じて、安全かつ公正な環境の下で日常的にスポーツに親しみ、スポーツを楽しみ、又はスポーツを支える活動に参画することのできる機会が確保されなければならない。

 ここからも分かるとおり、文化としてのスポーツには、「する」「見る」「支える」という三つの要素(関わり方)がある。
 「する」「見る」に、特段の説明は不要であろう。
 「支える」とは、例えば、東京マラソンの運営サイドにボランティアとして参加し、ランナーとともに盛り上がることである。沿道で応援する人たちも、スポーツを(見るだけでなく)支えている。視覚障碍者のランナーと、文字どおり手を携えて走るガイドランナー(伴走者)に取り組んでいる人もいる。

3 「文化としてのスポーツ」を妨げるもの
 このように、スポーツが「文化」として捉えられるようになった所以は、「スポーツを通じて、人間らしい豊かな人生を送ることができること」が明確に認識されるようになったからである。したがって、仮に、スポーツによって「人間らしい豊かな人生」が破壊されるようなことになれば、「やはりスポーツは文化とはいえない」ということになるだろう。
 スポーツと「伝統的な文化」との決定的な違いとして、スポーツは、多くの場合、「身体的限界に挑戦すること」をその本質とする。この結果、方法を間違えると、自己や第三者の身体(ときに生命)を脅かすことになりかねない。実際に、人生を奪う痛ましい事故が、スポーツの現場で起きている。
 また、特に日本においては、指導者・競技者や先輩・後輩の「上下関係」を背景として、いじめ・体罰(暴力)・セクハラ等の問題が、現在もなお、後を絶たない。昨今、国内における各競技団体において、「ホットライン窓口」を設置する取組みが広がりつつあるが、その通報内容は、中学・高校の部活動におけるいじめや不適切指導に関するものが大宗を占めているのが実態である。
 これらの問題は、目新しいものではまったくない。しかし、「安全・安心」の確保こそが、文化としてのスポーツの大前提であり、今なお達成されていない重い課題なのである。

4 テニス部熱中症事件判決
 スポーツ中の事故については、テニス部の練習中に熱中症で倒れて心停止に到り、低酸素脳症を発症して重度の障害が残った事件の控訴審判決(大阪高裁平成二七年一月二二日判決。同年一二月に最高裁で確定。)が、記憶に新しい。同判決は、「県立高校のテニスのクラブ活動中の生徒が熱中症に罹患し、重大な後遺障害が残った事故について、同活動に立ち会っていなかった顧問の教師に過失があったとして学校側の損害賠償責任が認められた事例」(傍線筆者。判例時報二二五四号二七頁)として紹介されている。
 報道によれば、昨今、「部活動の顧問」が「ブラック」であるとして現場から悲鳴が上がり、「部活顧問をするかどうかの選択権」を求める署名活動が広がっているとのことである。労働時間や時間外手当といった労務問題に加え、上記判決からも理解される「責任の重さ」もまた、この活動に影響を与えているものと推測される。
 しかし、上記判決が「顧問が部活動に立ち会わなかったこと」を過失と認定しているわけではない点には、留意が必要である。むしろ、同判決は、次のように判示している(傍線筆者)。

 「課外のクラブ活動が本来生徒の自主性を尊重すべきものであることにかんがみれば、何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情のある場合は格別、そうでない限り、顧問の教諭としては、個々の活動に常時立ち会い、監視指導すべき義務までを負うものではない
(中略)
 「練習内容についても、部員である生徒の意思や体力等を無視して顧問が練習を強制するような性質のものではなく、各部員の自主的な判断によって定められているのが通常であると考えられるから、注意義務の程度も軽減されてしかるべきである。しかしながら、顧問が練習メニュー、練習時間等を各部員に指示しており、各部員が習慣的にその指示に忠実に従い、練習を実施しているような場合には、顧問としては、練習メニュー、練習時間等を指示・指導するに当たり、各部員の健康状態に支障を来す具体的な危険性が生じないよう指示・指導すべき義務がある

 上記判決は、かかる説示を前提に、「定期試験の最終日における(約一〇日ぶりの)練習であり、生徒らが十分な睡眠がとれていなかった可能性があること」、「初夏(五月下旬)の特に気温の高い日であったこと」、「当該生徒はキャプテンになったばかりであったこと」等の事実関係を踏まえて、顧問の教諭に、熱中症に陥らないよう指示・指導すべき義務とその違反があったと判断しているのである。 いずれの点も、スポーツの現場において広く参考にされるべき、重要な指摘である。

5 安全の確保と「支える」環境の整備
 一方、ある都道府県の教育委員会がかつて策定した「部活動中の重大事故防止のためのガイドライン」では、陸上競技の投てき種目の安全対策として、「指導者が、必ずその場に立会い安全を確保する」(傍点筆者)ことが求められている。
 しかし、現実に、すべての現場でこれを遵守することは、不可能といっても過言ではない。
 その結果、①ガイドラインを守ろうとすれば、生徒は当該種目の練習をほとんどすることができず、むしろ、②実際にはとても守り切れないものとして、ガイドライン全体を無視・軽視する現象が生じ、大切な対策までおざなりにされかねない。また、③指導者においては、そこまでして部活動を「支える」ことはしたくない、という昨今の動きにもつながる。
 言うまでもなく、スポーツにおける安全の確保は、もっとも大切な課題である。
 しかしその一方で、それを実現するためには、何でも厳しい基準を設ければよいということでもない。
 「部活動」は、まぎれもなく、日本におけるスポーツ文化の重要な一場面であるが、そこで安全の確保を実現していくためには、これを「支える」顧問の先生に負うべきところが大きい。したがって、労務問題を含めて、現場の多くの先生に、正しい知識のもと、熱意をもって安心して力を発揮してもらえる環境を整備することが不可欠である。
 最近では、競技団体をはじめとするスポーツの世界に、弁護士が何らかの形で関わる例が増えている。上記のようなガイドラインの策定に弁護士が関与する場合には、法的知見を生かすことは勿論であるが、現場の実態から離れた議論に陥らないようにすることが、とても大切である。

 スポーツ事故の裁判と、ガイドラインの策定を題材としたが、これらは法律家がスポーツに関与する場面のごく一部に過ぎない。スポーツが、「文化」すなわち「人生を豊かにするもの」であり続けるために、法律家が果たしていくべき役割は大きいと思う次第である。

(弁護士)

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