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一般2023年09月15日 「法苑」と「不易流行」(法苑200号) 法苑 執筆者:田中敦

一 新日本法規出版(以下「御社」という。)の定期刊行物「法苑」(以下「本誌」という。)は、昭和四五年一〇月に創刊され、本号で二〇〇号の節目を迎える。たまたま、別の用件で出版企画局大阪企画渉外課マネージャー河村悟氏らとお話しをしていて、話題が本誌に及んだ際、現在刊行準備中の本号を区切りに、次号からは冊子からWEB掲載に変更する予定であることを耳にした。このことは、筆者のようなアナログ派には、まさに、青天の霹靂というか、いわば、長年沿線に親しまれてきた鉄道路線が突如廃止されるようなものであった。そこで、今回は特にお願いして、最後の冊子に掲載する機会をいただいた。本稿では、「不易流行」という普遍的な概念を取り上げて、いずれも今般節目を迎える本誌と調停制度に当てはめてみようと思う。

二 本誌は、「法律のサンルーム」というキャッチフレーズで、約五〇年余の歴史を誇る刊行物である。創刊号は、発刊の趣旨を、「弊社発行の法規書籍について、ご愛顧を賜わるご購読者の各位と、また、編者の労をお願いしている諸先生方を始め関係者の皆様と、われわれ出版を生業とするものが、日常接している「法」という堅い殻から抜けだし、暫し裃を脱いで『茶の間の話題』的な雰囲気の中で親しみ、また対話の場としたい・・」と記している。そして、掲載記事は、長谷部茂吉東京地裁所長の「裁判官と学説・判例」、吉川大二郎元日弁連会長の「榧の碁盤」、倉田卓次東京地裁部長の「正義の女神の目隠し」、市川四郎東京家裁所長の「『タラク』離婚」、伊達秋雄法政大学教授・弁護士の「よい裁判官をうるために」であった。このように、創刊号を飾った執筆者の方々は、いずれも当時、第一線で活躍しておられた一流の実務法曹であり、その執筆内容も、法制度や、趣味に事寄せつつ、当時の我が国の社会情勢や司法を取り巻く状況に言及されたものであった。また、創刊以来現在も表紙を飾る「法苑」の題字は、当時の人事院総裁佐藤達夫氏の揮毫であった。このように、本誌は、まさに満を持しての創刊であったといえよう。
 現在、御社のWEBサイトには、本誌について、「弊社では会社案内や発行書籍のPRを兼ねた小冊子『法苑』を年三回(一月・五月・九月)発行しています。『法苑』の記事は、弊社発行書籍の編著者の方々にご執筆をお願いしています。内容は、日々の業務や生活における雑感等をエッセー風におまとめいただいています。」とあり、創刊当時の編集方針が継続されている。私事ながら、筆者も、これまでに何度か本誌に掲載する機会をいただいた。

三 ところで、「不易流行」という語は、元来俳諧における用語で、「落柿舎」でも有名な松尾芭蕉の門人向井去来が著し、安永四年(一七七五)に刊行された俳論書『去来抄』に由来する。この語は、四部構成を取る『去来抄』の「修行」の部に登場し、原文は、「蕉門に千歳不易の句、一時流行の句といふあり。是を二つに分けて教へ給へる。その元は一つなり。不易を知らざれば基たちがたく、流行を知らざれば風新たならず。不易は古によろしく、後に叶ふ句なる故、千歳不易といふ。流行は一時一時の変にして、昨日の風今日宜しからず。今日の風明日に用ひがたき故、一時流行とはいふ。はやる事をするなり。」とある。そして、去来は、門人からの質問に答え、「不易の句」とは、古今に通じるもので、特殊な趣向をこらしたものでなく、その時だけの特殊な趣向によるものでないから古今に通ずるもの、一方「流行の句」とは、その中に特殊な趣向があってはやるもの、との説明を加えている(参照・伊地知鐵男ほか校注・訳『連歌論集 能楽論集 俳論集』日本古典文学全集 昭和四八年 小学館)。その後、この語は、俳諧から芸能一般、さらには諸々の制度にも用いられるようになった。そこでは、ものの本質には、変えてはならないものと変えていかなければならないものとがあり、これら両方を達成させていくことが、その物事、制度を長く永続させるために必要であるという理念として、普遍化されてきた。この不易流行を、制度創設一〇〇周年を迎えた調停制度と上記のとおり二〇〇号を迎えた本誌に当てはめてみたい。
 調停制度は、大正一一年(一九二二)に借地借家調停法が制定され、昨令和四年(二〇二二)に一〇〇周年を迎えた。この一〇〇年間を振り返ると、調停制度は、まず借地借家調停法、農事調停法等の単行法令が制定され、これらが、戦後民事調停法のもとで統合される一方、出征兵士をめぐる家族問題を解決するために戦前に制定された人事調停法が、戦後、家事審判法のもと、新たに創設された家庭裁判所が扱う家事調停という独立した法体系となり、ここに、現在の民事調停及び家事調停という、二本の柱が確立した。その後も、民事調停は、昭和四九年の交通調停、公害等調停、平成一一年の特定調停制度など、時代の要請に対応した調停制度や特則規定が新設され、家事調停は、平成二三年の家事事件手続法に基づき手続が行われることとなった。
 以上、調停制度一〇〇年の歴史を概観したが、調停制度は、今後新たな一〇〇年においては、どうあるべきだろうか。調停は、調停委員会が、当事者間での合意形成をめざして調整活動を行う手続であるから、関係者から事情を聴取する傾聴が基本となる。この傾聴の手続こそが、まさに、調停に対する国民の信頼の根幹をなすものとして、今後とも堅持すべき「不易」にあたるといえよう。一方、既に先行実施され、まもなく全国の家庭裁判所で行われようとしているWEBによる家事調停手続は、裁判のIT化という大きな時代の流れの中で、求められる新たな手続である。また、調停の計画的な進行を図るために、調停に要する回数、時間を当事者にも可視化できるようにする運用上の工夫も、今後新たに求められるべき事項といえよう。これらが、時代に即して変化が求められる「流行」にあたる。このように、調停は、不易流行ともいうべき制度・運用のもとで、次の一〇〇年を見据え、国民から信頼される制度となることが期待されている。
 次に、本誌についても、これまで約五〇年余に刊行された二〇〇号に書かれた膨大な論考は、それぞれの分野の専門家が、民事訴訟法の改正、裁判官制度や裁判員の導入等の司法制度改革など、折々の重要な制度に関する感想などを述べる一方で、趣味や生活、旅行記などの題材で垣間見せてくれる、人間味あふれた文章であったりした。これらは、まさに本誌が、創刊号以来の伝統を堅持しつつも、時代に即した話題、親しみのある内容も取り上げていくという、不易流行を実践してきた表われであるといえよう。

四 以上のとおり、本稿では、本誌と調停の二つにつき、これまでの歴史を概観した上で、不易流行に当たるべき事項を取り上げてみた。繰り返しにはなるが、今回発表の場をいただいた本誌には、これまでの歴史を踏まえつつ、時代の新たな要請に従い、発行の形態・媒体は変わりつつも、今後とも、当代を代表する多くの執筆者が、創刊当初に示された執筆指針を継承されていくことを念願して、結びとさせていただく。なお、本稿執筆に当たり、前記河村氏から本誌創刊号の資料提供をいただいたことを記し、心からの謝意を述べさせていただきたい。

(摂南大学法学部特任教授)

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  103. 囲碁雑感(法苑175号)
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  111. 法律という窓からのながめ(法苑173号)

執筆者

田中 敦たなか あつし

摂南大学法学部特任教授

略歴・経歴

1981年 判事補
1991年 判事
1995年 東京地裁判事
1998年 大阪地裁判事
2000年 大阪地裁部総括判事
2005年 検事(大阪国税不服審判所長)
2007年 大阪地裁部総括判事
2011年 大阪高裁判事
2012年 神戸地家裁姫路支部長・姫路簡裁判事
2013年 広島家裁所長
2014年 大阪高裁部総括判事
2020年 定年退官
2020年 摂南大学法学部特任教授

〔主な著書〕
『民事手続法事典』(執筆、ぎょうせい、1995年)
『詳解 借地非訟手続の実務 』(執筆、新日本法規出版、1996年)
『裁判外紛争処理法』(執筆、有斐閣、1998年)
『新借地借家法講座(第2巻)』(執筆、日本評論社、1999年)
『現代裁判法大系(3)借地借家』(執筆、新日本法規出版、1999年)
『現代裁判法大系(9)学校事故』(執筆、新日本法規出版、1999年)
『現代裁判法大系(23)消費者信用取引』(編集、新日本法規出版、1998年)
『新・裁判実務大系6 借地借家訴訟法』(執筆、青林書院、2000年)
『借地借家法の正当事由の判断基準』(執筆、判例タイムズ社、2000年)
『登記請求権事例解説集』 (執筆、新日本法規出版、2002年)
『最新 民事訴訟運営の実務』(執筆、新日本法規出版、2003年)
『最新 民事調停事件の申立書式と手続』(執筆、新日本法規出版、2003年)
『土地家屋調査士の業務と制度』(執筆、三省堂、2004年)
『国税不服審判所の現在と展望』(執筆、判例タイムズ社、2006年)
『物権・不当利得・不法行為 (民事要件事実講座 第4巻(民法2)』(執筆、青林書院、2007年)
『民事実務研究Ⅰ』(執筆、判例タイムズ社、2005年)
『民事実務研究Ⅱ』(執筆、判例タイムズ社、2007年)
『保険関係訴訟 (専門訴訟講座3)』(執筆、民事法研究会、2009年)
『交通事故損害賠償実務の未来』(執筆、法曹会、2011年)
『大阪地裁における交通損害賠償の算定基準』第2版(執筆、判例タイムズ社、2011年)
『債権法改正と家庭裁判所の実務』(執筆、日本加除出版、2019年)
『和解・調停の手法と実践』(編集、民事法研究会、2019年)
『抗告・異議申立ての実務』(編集、新日本法規出版、2021年)

執筆者の記事

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