一般2022年05月10日 ある税務相談の回答例(法苑196号) (アパート経営の法人化) 法苑 執筆者:花村一生
(Q) 私はある資産家向けのセミナーでアパート経営の法人化を勧められました。税理士さんからみて法人化はどう思われますか?
(A) 結論を言えば、私は積極的にはお勧めしません。なぜなら物事が複雑になるからです。
歳をとればとるほど複雑なことは理解できなくなります。だから、自分の身の回りや、ものごとはシンプルにしておかなければなりません。法人化はそれに逆行するのです。
それどころか自分は一生懸命勉強して法人化のことを理解したつもりでも、後を継いでいく奥さんや子供さんたちがどうして法人になっているのかチンプンカンプンなのです。
法人化の税務上のメリットはたくさんあるのは事実です。しかし、個人の確定申告でさえ面倒くさいと苦にしている人が法人の確定申告を自分でできるはずもなく、法人の決算・申告は専門家に任せるしかありません。個人の確定申告に比べ法人の確定申告は税理士の報酬が十倍近く跳ね上がります。ですから節税メリットは税理士への報酬で吹き飛びます。つまりアパート経営の法人化は税理士を儲けさせるためだけになっているのです。
(Q) でも、法人には相続がないので、相続税がかからないから結局得すると言う人がいますが、これについてはどうですか?
(A) これもよくある誤解です。
個人財産を法人に移し替えたつもりでも個人財産が「もぬけの殻」になるわけではありません。その個人は法人のオーナーとなり、法人の株式を取得することになります。その個人に相続が発生した場合、相続人は社長の地位とその会社の株式を相続するわけです。
個人が所有する財産が会社の株式に置き換わるだけです。中小企業の株式ほど始末に困る財産はありません。売れない、稼がない、相続してもどうしようもない、煮ても焼いても食えない、物納もできない不良財産となるのです。
それどころか、個人財産を法人に移し替える際に、個人は法人に対して、財産を時価で譲渡したものとみなして課税するルールがあるのです。専門的になりますが、これが「みなし譲渡課税」といわれるものです。
お金も動かないのに個人も法人も税金まみれになってしまうのです。ですから普通は土地は法人に移しません。建物だけ移転させるのです。
こういうことが素人の人には理解できないのです。わけのわからない世界に飛び込んだ気分になり、はじめて税金の世界の不気味さを味わうのです。
(Q) 個人では給料が取れなかったが、法人では役員として給料を取ることができるという人もいます。
(A) 確かにそれは法人化のメリットの一つです。しかし、そんなことは些末なことです。そういう些末な法人化のメリットを一〇以上あげることは簡単です。
そういう細かなメリットに騙されて、つい法人化の道を選んでしまう人がいます。しかし、いったん法人化の道を選ぶと元に戻すのが難しいのです。
ものごとを選択し判断することが必要になった場合は、「シンプルに、シンプルに」と心の中で唱えてください。「シンプル・イズ・ベスト」「複雑は滅びへの道」です。
損得を考えると複雑な道の方がレベルが高そうに錯覚してしまいます。
シンプルであること自体が良質で価値ある財産なのです。ただでさえ税金の世界が複雑なのに、なにも自分からものごとを複雑にすることはありません。
追記
資産家向けの節税セミナーを受講された方は、その後、上記のような相談をしてくる方が多い。法人化という手法は個人資産家にとって魅力的に映るらしい。なにか高度な手法で節税をしている気分になるのだろう。法人になれば開きもしない株主総会や取締役会の議事録をでっち上げたりしなければならない。そういうバカバカしい手続きに付き合わされる羽目になる。私はこういうことをなんの疑問もなくやり続ける人の神経が理解できない。税金が安くなるのであればどんな手間ひまも惜しまないという人とは付き合いたくない。
以前、ある資産家の方の娘さんが結婚することになったとき、親の職業が「不動産貸付業」よりも「会社役員」という肩書きを使いたいということで法人化した人がいた。見栄のための法人化だ。私はまだこういう人の方が理解できる。
私は節税目的で物事を複雑にする人とは付き合いたくない。
(税理士)
人気記事
人気商品
法苑 全111記事
- 裁判官からみた「良い弁護士」(法苑200号)
- 「継続は力、一生勉強」 という言葉は、私の宝である(法苑200号)
- 増加する空き地・空き家の課題
〜バランスよい不動産の利活用を目指して〜(法苑200号) - 街の獣医師さん(法苑200号)
- 「法苑」と「不易流行」(法苑200号)
- 人口減少社会の到来を食い止める(法苑199号)
- 原子力損害賠償紛争解決センターの軌跡と我が使命(法苑199号)
- 環境カウンセラーの仕事(法苑199号)
- 東京再会一万五千日=山手線沿線定点撮影の記録=(法苑199号)
- 市長としての14年(法苑198号)
- 国際サッカー連盟の サッカー紛争解決室について ― FIFAのDRCについて ―(法苑198号)
- 昨今の自然災害に思う(法苑198号)
- 形式は事物に存在を与える〈Forma dat esse rei.〉(法苑198号)
- 若輩者の矜持(法苑197号)
- 事業承継における弁護士への期待の高まり(法苑197号)
- 大学では今─問われる学校法人のガバナンス(法苑197号)
- 和解についての雑感(法苑197号)
- ある失敗(法苑196号)
- デジタル奮戦記(法苑196号)
- ある税務相談の回答例(法苑196号)
- 「ユマニスム」について(法苑196号)
- 「キャリア権」法制化の提言~日本のより良き未来のために(法苑195号)
- YES!お姐様!(法苑195号)
- ハロウィンには「アケオメ」と言おう!(法苑195号)
- テレビのない生活(法苑195号)
- 仕事(法苑194号)
- デジタル化(主に押印廃止・対面規制の見直し)が許認可業務に与える影響(法苑194号)
- 新型コロナウイルスとワクチン予防接種(法苑194号)
- 男もつらいよ(法苑194号)
- すしと天ぷら(法苑193号)
- きみちゃんの像(法苑193号)
- 料理を注文するー意思決定支援ということ(法苑193号)
- 趣味って何なの?-手段の目的化(法苑193号)
- MS建造又は購入に伴う資金融資とその担保手法について(法苑192号)
- ぶどうから作られるお酒の話(法苑192号)
- 産業医…?(法苑192号)
- 音楽紀行(法苑192号)
- 吾輩はプラグマティストである。(法苑191号)
- 新型コロナウイルス感染症の渦中にて思うこと~流行直後の対応備忘録~(法苑191号)
- WEB会議システムを利用して(法苑191号)
- 交通事故に基づく損害賠償実務と民法、民事執行法、自賠責支払基準改正(法苑191号)
- 畑に一番近い弁護士を目指す(法苑190号)
- 親の子供いじめに対する様々な法的措置(法苑190号)
- 「高座」回顧録(法苑190号)
- 知って得する印紙税の豆知識(法苑189号)
- ベトナム(ハノイ)へ、32期同期会遠征!(法苑189号)
- 相続税の申告業務(法苑189号)
- 人工知能は法律家を駆逐するか?(法苑189号)
- 土地家屋調査士会の業務と調査士会ADRの勧め(法苑189号)
- 「良い倒産」と「悪い倒産」(法苑188号)
- 民事訴訟の三本の矢(法苑188号)
- 那覇地方裁判所周辺のグルメ情報(法苑188号)
- 「契約自由の原則」雑感(法苑188号)
- 弁護士と委員会活動(法苑187号)
- 医療法改正に伴う医療機関の広告規制に関するアウトライン(法苑187号)
- 私の中のBangkok(法苑187号)
- 性能規定と建築基準法(法苑187号)
- 境界にまつわる話あれこれ(法苑186号)
- 弁護士の報酬を巡る紛争(法苑186号)
- 再び大学を卒業して(法苑186号)
- 遺言検索システムについて (法苑186号)
- 会派は弁護士のための生きた学校である(法苑185号)
- 釣りキチ弁護士の釣り連れ草(法苑185号)
- 最近の商業登記法令の改正による渉外商業登記実務への影響(法苑185号)
- 代言人寺村富榮と北洲舎(法苑185号)
- 次世代の用地職員への贈り物(法苑184号)
- 大学では今(法苑184号)
- これは必見!『否定と肯定』から何を学ぶ?(法苑184号)
- 正確でわかりやすい法律を国民に届けるために(法苑184号)
- 大阪地裁高裁味巡り(法苑183号)
- 仮想通貨あれこれ(法苑183号)
- 映画プロデューサー(法苑183号)
- 六法はフリックする時代に。(法苑183号)
- 執筆テーマは「自由」である。(法苑182号)
- 「どっちのコート?」(法苑182号)
- ポプラ?それとも…(法苑182号)
- 「厄年」からの肉体改造(法苑181号)
- 「現場仕事」の思い出(法苑181号)
- 司法修習と研究(法苑181号)
- 区画整理用語辞典、韓国憲法裁判所の大統領罷免決定時の韓国旅行(法苑181号)
- ペットの殺処分がゼロの国はあるのか(法苑180号)
- 料理番は楽し(法苑180号)
- ネット上の権利侵害の回復のこれまでと現在(法苑180号)
- 検事から弁護士へ― 一六年経って(法苑180号)
- マイナンバー雑感(法苑179号)
- 経験から得られる知恵(法苑179号)
- 弁護士・弁護士会の被災者支援―熊本地震に関して―(法苑179号)
- 司法試験の関連判例を学習することの意義(法苑179号)
- 「スポーツ文化」と法律家の果たす役割(法苑178号)
- 「あまのじゃく」雑考(法苑178号)
- 「裁判」という劇薬(法苑178号)
- 大学に戻って考えたこと(法苑178号)
- 生きがいを生み出す「社会システム化」の創新(法苑177号)
- 不惑のチャレンジ(法苑177号)
- タイ・世界遺産を訪ねて(法苑177号)
- 建築の品質確保と建築基準法(法苑177号)
- マイナンバー制度と税理士業務 (法苑176号)
- 夕べは秋と・・・(法苑176号)
- 家事調停への要望-調停委員の意識改革 (法苑176号)
- 「もしもピアノが弾けたなら」(法苑176号)
- 『江戸時代(揺籃期・明暦の大火前後)の幕府と江戸町民の葛藤』(法苑175号)
- 二度の心臓手術(法苑175号)
- 囲碁雑感(法苑175号)
- 法律学に学んだこと~大学時代の講義の思い出~(法苑175号)
- 四半世紀を超えた「渉外司法書士協会」(法苑174号)
- 国際人権条約と個人通報制度(法苑174号)
- 労働基準法第10章寄宿舎規定から ディーセント・ワークへの一考察(法苑174号)
- チーム・デンケン(法苑174号)
- 仕事帰りの居酒屋で思う。(健康が一番の財産)(法苑173号)
- 『フリー・シティズンシップ・クラス(Free Citizenship Class)について』(法苑173号)
- 法律という窓からのながめ(法苑173号)
-
団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス
Copyright (C) 2019
SHINNIPPON-HOKI PUBLISHING CO.,LTD.