一般2023年09月15日 裁判官からみた「良い弁護士」(法苑200号) 法苑 執筆者:武藤裕一

裁判官からみて、良い弁護士とは、どのような弁護士か(なお、筆者は任官以来民事畑を歩んでいる裁判官であり、本稿は、もっぱら民事事件の代理人弁護士について述べるものであって、刑事事件の弁護人は検討の対象外である。)。
筆者以外の、所謂「真っ当な」裁判官にこの問いかけをしたら、例えば、「高い法的素養を有し、的確な法律構成を提示する弁護士」、「裁判所の判断枠組みを踏まえた主張立証を行う弁護士」、「理路整然とした読みやすい書面を書く弁護士」、「期日における実質的な口頭議論に対応できる弁護士」等々、所謂「優秀な」弁護士の評価根拠事実が、種々挙げられるかもしれない。
しかし、批判を恐れずにいえば、裁判官からみた良い弁護士とは、「和解ができる弁護士」、実のところ、この一点に尽きる。
多数の事件を抱える我々裁判官にとって、和解になじむ事件(単独事件のほとんどはそうであるといえる。)を、取りこぼしなく和解で落とすことは、執務上の至上命題(誤用と知りつつあえてこの言葉を使う。)である。誤解のないように言っておくと、裁判官は、断じて判決を厭うものではなく、むしろ、和解ができない事件については、可及的速やかに判決をする所存なのであるが、判決にかかる労力は、外の人が思う以上に大きい。筆者は、名古屋地裁の労働部に所属する裁判官であるが、例えば、本稿を執筆した日の前日に和解で終局した、ある残業代請求事件(労働部では最もありふれた事件類型の一つである。)が、もし和解できずに判決に至っていたとする。この場合、かかるありふれた事件であっても、証拠調べの期日(午後いっぱい)と、判決起案に要する時間(体感的には、残業三日分+土日のいずれかに一徹。この労働分の時間外割増賃金及び深夜割増賃金は、もちろん出ない。)とで、控えめに見積もっても、約二四時間の実働が加算される。さらに、実際には、これに立会書記官による尋問調書作成、判決点検、控訴記録整理の労も加わり、判決は、立会書記官の業務も圧迫する。
このような切実な理由から、裁判官からみて、良い弁護士とは、ひとえに、和解ができる弁護士なのである。
訴訟物がはっきりしない請求、裁判所の判断枠組みを無視した主張立証、日本語がおかしい準備書面、争点から外れた反論の応酬、証拠に基づかない空中戦、さらには、宿題の提出期限を守らない弁護士、これらは巷間「問題のある訴訟活動」と評されているものだが、実をいうと、適宜のタイミングで和解をしてくれさえすれば、どれも些細なことといってよい。
逆に、適切な法律構成で、裁判所の判断枠組みに則した主張を展開し、充実した立証活動を行い、毎回の宿題を期限遵守で提出していたとしても、その当事者が拒否したがゆえに和解が不調となり、判決に至ったのであれば、その弁護士は、少なくとも裁判官からみて、良い弁護士ではない。
そして、筆者の一四年間の裁判官経験に照らし、良い弁護士には、一定の傾向ないし特長があるように思われるので、ご紹介する。
いうまでもなく、事件には当事者がおり、弁護士は当事者の代理人であるから、事件を和解で解決するためには、和解内容について依頼者の了解を得る必要がある。多くの事件において、裁判官から、心証を踏まえた和解案(裁判所和解案)が示されるので、これを依頼者に説明し、説得する工程である。
和解ができる弁護士は、この説得が上手なのである。ではなぜ説得が上手なのかというと、依頼者との信頼関係が築けているため、依頼者がその弁護士の言うことに耳を傾けるのである。
弁護士の依頼者に対する説得の巧拙を、裁判官の界隈では、俗な言い方だが、「グリップが効いている(効いていない)」とか「グリップ力が高い(低い)」などと表現する。
ここまでをまとめると、良い弁護士=依頼者に対するグリップ力が高い弁護士ということになる。
そして、筆者の実体験に照らし、グリップ力が高い弁護士の傾向、特長は次のとおりである。
①キャラクター的には、明朗快活、要は話しやすい方が多い。誤解のないように言っておくと、「人当たりがいい」ということではない。むしろ、こちらが面食らうような押しの強いタイプや、一癖ある性格の方も散見されるが、重要なのは、明快なコミュニケーションを取れるということである。依頼者との信頼関係を築く上でも、明快なコミュニケーションを取れることは、かなり大きなウエイトを占めるのではないかと思われる。この点、高橋喜一『ゼロから信頼を築く 弁護士の顧問先獲得術』一七頁(学陽書房、二〇二三)では、顧問先を獲得するために必要な要素の一つとして、「相談をしやすいキャラクターであること」が挙げられており、参考になる。
また、上記と真逆のタイプの弁護士、すなわち、激情的だったり、攻撃的だったりして、人として非常にとっつきにくい(要は話しにくい)弁護士の中にも、一定数、依頼者に対するグリップはピカイチの方がいることは、見過ごせない事実である。強烈な個性で依頼者を掌握しているのではないかと思われる。余談だが、後者に分類される弁護士で、筆者が、依頼者に対するグリップ力にかけては当地で五本の指に入るものと思料している某弁護士から、筆者は公開の対審法廷において、面と向かって「馬鹿」呼ばわりされたことさえあるが、当該弁護士の事件はこれまで全て和解で終局しており、当該弁護士は少なくとも筆者にとって「良い弁護士」である。
②良い弁護士に共通する特長として、レスポンスが早いということが挙げられる。情報通信技術が高度に発達した現代社会において、レスポンスの良さは、万人にとって必須のスキルといっても過言ではないと思われるが、この業界では、一、二か月に一回のペースで期日を開き、その期日に向けて書面等を準備するという旧態依然とした裁判手続の進め方に引きずられてか、一般社会と比較して、レスポンスが遅い方が多いように思われる(筆者は一昨年より、法律書籍出版の関係で、新日本法規出版株式会社の企画担当者と関わりを持つようになったが、どの方も非常にレスポンスが早いことに感銘を受けるとともに、法曹界とのギャップを痛感している。)。期日間に裁判官から電話をしても、二四時間以内に折り返しの連絡をしてこない弁護士はざらにいるし、また、裁判官の中にも、飲み会の日程調整の返事をなかなか返さないなど、レスポンスに問題のある方が少なくないのが現状である。
そのような業界の悪弊の中にあって、和解ができる弁護士は、ほぼ例外なく、レスポンスが早い。もとより、かかる弁護士は、裁判官に対してだけではなく、自身の依頼者に対してもレスポンスが早いので、そのことが依頼者の顧客満足度を高め、ひいては弁護士に対する信頼度も高まり、和解の話をしやすいのではないかと思われる。なお、この業界になじみのない読者に向けて注記しておくと、期日間に裁判官が弁護士にかける電話は、和解案の提示や期日外釈明など、事件の進行に関する極めて重要な連絡であることが常である。したがって、裁判官からの電話にすらなかなか折り返しをしてこない弁護士は、ましてや依頼者との関係では、その対応の遅さに不満を持たれてはしまいかと、他人事ながら心配になってしまう(あるいは、当該弁護士にとってその案件の優先度が非常に低いという場合も、あるのかもしれないが、それはそれで、その依頼者に対するグリップはおよそ期待できないであろう。)。
③和解ができる弁護士は、依頼者に対し、事件の見通しをシビアに説明していると考えられる。世の中には、勝ち筋の事件もあれば、負け筋の事件もあるので、どちらの筋かを見誤ってはいけないことはもちろんであるが、勝ち筋の事件であっても、思わぬ急所を突かれて、裁判官の心証が不利に傾くことがあるので、依頼者に対し、事件の見通しは、シビアに伝えておくに越したことはない。逆に、依頼者に楽観的な見通しを伝えていて、後になり、裁判官から不利な心証を示されることは、依頼者の弁護士に対する不信感につながるし、軌道修正にも多大な労力を要する。この点、拙著『離婚事件における 家庭裁判所の判断基準と弁護士の留意点』一七頁(新日本法規出版、二〇二二)においても、共著者の野口英一郎弁護士が、「依頼者に対する見通しの説明は、「辛め」なくらいがちょうどよいでしょう。本件が厳しい裁判官に当たったらどんなところを突っ込まれるだろうかと想像して、考え得る悪い展開をシミュレーションしておくとよいと思います。」と述べているところである。
実際、筆者が、「この先生は和解ができる弁護士だ」と思っている弁護士に、裁判官の心証を踏まえた和解案を伝えた際、その心証に対し反論されたり反発されたりした経験は、ほとんどない(どなたも、やや苦笑しながら、「まあそんなもんでしょう」といった反応で持ち帰られることがほとんどである)。おそらく、和解ができる弁護士は、受任の当初から依頼者に対し「辛め」の見通しを伝えているので、裁判官からいかなる心証を示されようとも、依頼者と共有する想定の範囲内であり、対応可能なレンジに収まってくるのではないかと思われる。
以上、筆者の実体験を基に、裁判官からみた「良い弁護士」の傾向と特長について縷々述べたが、かく言う君は「良い裁判官」なのかと問われると、答えに詰まってしまう。
それというのも、おこがましいことを承知で、筆者は、和解の腕前にかけては、当地で五本の指に入ると自負しているが、今から四年前、筆者が名古屋家裁在勤時に行われた愛知県弁護士会の「裁判官評価アンケート」(愛知県弁護士会会報二〇一九年五月号二〇頁)において、筆者は、五点満点中の二.六点という、かなり低い評価を頂戴してしまったのである(なお、今更このようなことをいうのは見苦しいかもしれないが、上記「裁判官評価アンケート」は、その回答者が、裁判官の訴訟進行に不満を持つ弁護士(その中でも、裁判官に対する不満を、面と向かっては言えないような弁護士)に偏っている嫌いがあると感じる。所謂「丁寧な審理」を行う裁判官が高く評価され、筆者のような「拙速は巧遅に勝る」タイプの裁判官は不当に低く評価されるのである。)。
弁護士からみた「良い裁判官」は、直ちに「逆もまた然り」とはいかないようだ。
(名古屋地方裁判所判事)
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執筆者

武藤 裕一むとう ゆういち
弁護士(名古屋シティ法律事務所)、元裁判官
略歴・経歴
2008年 司法修習生(旧62期)
2009年 横浜地裁判事補
その後、名古屋地家裁豊橋支部、大阪国税不服審判所を経て
2017年 名古屋家裁判事補
2019年 名古屋家裁判事
その後、釧路地家裁北見支部・網走支部を経て
2022年 名古屋地裁判事
2024年 裁判官を退官
愛知県弁護士会登録、名古屋シティ法律事務所入所
<著書>
『離婚事件における 家庭裁判所の判断基準と弁護士の留意点』(共著、新日本法規出版、2022年)
『裁判官からみた 離婚事件における 債務名義作成・強制執行・保全の実務』(新日本法規出版、2023年)など著書多数
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