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一般2021年09月10日 男もつらいよ(法苑194号) 法苑 執筆者:横井弘明

 先日、世界経済フォーラム(WEF)が国別に男女格差を数値化した「ジェンダーギャップ指数二〇二一」を発表したが、わが国は調査対象となった世界一五六カ国中、一二〇位、いわゆるG7中最下位というはなはだ不名誉な結果に終わった。
 ところで、人身損害の賠償請求においても、所得格差が賠償額に影響するので、わが国において女性のほうが多くのハンディキャップを負っていることは疑いがないが、ここでは普段語られることが少ない男性が損害賠償請求において割を食っている場面を指摘してみようと思う。

 一つは後遺障害における外貌醜状(頭部、顔面部、頚部に残った醜状)の問題がある。
 外貌醜状の場合、一昔前は後遺障害等級認定について男女差が認められていて、「著しい醜状を残す」場合は、女性は第七級、男性は第一二級、「醜状を残す」場合は、女性が第一二級、男性が第一四級とされていた。これは、裁判基準でいえば、「著しい醜状を残す」と認められた場合に、後遺障害慰謝料について女性の場合、一、〇〇〇万円が認められるのに対し、男性の場合は二九〇万円にとどまるという著しい格差をもたらすことを意味した。
 この格差に関しては、特に「著しい醜状を残す」場合について、合理的に説明しがたいとして強い非難が加えられていたところ、京都地裁平成二二年五月二七日判決は、労災事件についてではあるが、合理的理由のない性別による差別的取扱いであるとして、憲法一四条一項に違反すると判断した。
 同判決を契機に、労災保険制度における後遺障害等級表は男女差が撤廃され、男女を問わず、「著しい醜状」第七級、「相当程度の醜状」第九級、「醜状」第一二級と三段階が認められ、自賠責制度の等級表も同様に改正された。
 この改正により、醜状障害の損害賠償において、後遺障害慰謝料の男女間格差はなくなったが、逸失利益(後遺障害によって失われた将来得べかりし利益)に関しては、裁判例を通覧しても、依然として女性のほうが男性に比して高額の賠償が認められることが多い。外貌醜状が就労機会、業務遂行上に与える影響は、事実として、男性に比して女性のほうが不利に働くことは無視できないので、この格差はやむを得ないのかもしれない。男は顔で仕事をするのではないという社会的コンセンサス?が影響しているように思われる。しかしながら、法律相談業務を担当していると、男性も外貌に対する意識は非常に強く、要求も大きいと感じることが多い。天下御免の向う傷と思い我慢せよなどというのは次第に通用しなくなってきているように思われる。女性の社会進出は今後一層強まるであろうから、女性の外貌についての評価も以前よりは低下することも考えられ(ここではファッションモデルや、ある種の接客業は除く。)、将来的にはこの格差は縮小ないし解消に向かうかもしれない。

 もう一つの問題は、家事労働の評価についてである。
 古い時代の判例は、女児の死亡事故の場合、逸失利益を認めていなかった。男児の場合は平均賃金を基に計算されていたので大きな格差があった。これは当時女性の多くが新卒後就労せず、あるいは就労したとしても短期間でやめて専業主婦として家庭に入っていったため、将来の就労の蓋然性が低かったことによる。
 判例は、損害についていわゆる差額説(事故前と事故後の財産状態を比較して、その差額を損害ととらえる。)をとっていることから、女児が将来主婦になったとしても(主婦業は、会社就業のような目に見える経済的利益を上げているわけではないから)得べかりし利益はゼロであるということの帰結であった。この結果はあまりに不当であったため、紆余曲折があったものの、最高裁昭和四九年七月一九日判決は、家事労働も女性雇用労働者の平均賃金に相当する財産上の収益を上げるものと推定するのが適当であるとして、女児の死亡事故の場合にも女性の平均賃金を基礎として計算し、逸失利益を認めるに至った。この判決は差額説の立場からは理論的には難点を含むものの、結論の妥当性からして英断と評価すべきものであったと思う。
 以来、事故で女性の家事労働に支障を生じた場合、休業損害や後遺障害の逸失利益を算定するに当たって、女性労働者の平均賃金相当額を基礎年収、日額単価として採用するようになった。このような処理に関して、女性の平均賃金が低額だった時代はあまり問題とならなかったが、近時女性の社会進出に伴い、平均賃金が高額となったため、格差が顕在化するようになった。
 令和元年の賃金センサス、女性労働者学歴計全年齢平均賃金は年額三八八万一〇〇円、日額一万六三〇円となっている。現在は格差社会であり、男性の非正規雇用者が女性の平均賃金、年収三八〇万円を超えることはほとんどない。四〇代、五〇代で年収二〇〇万円台という男性労働者も決してまれではない。いま休業損害について論ずると、これは単価×休業日数で計算されるところ、男性の非正規雇用者の場合、単価が低いうえに(ほとんどの場合日額一万円を切る。)、職を失うことを恐れて無理して働くから休業日数も多くならないため、総額が低く抑えられる。これに対して、家事労働者の場合は上述のとおり単価は一万円強、家事労働は無理をしない範囲で休むことが多いうえ(このこと自体なんら非難されるべきではない。)、会社勤務のように休業日数が客観的に明らかにならないから、認定も緩やかになりがちで休業日数も多く認定されやすい。
 もっともこの点は女性の非正規雇用者の場合も同様の問題を生じうるが、女性の非正規雇用者は、同時に家事労働に従事していることが多く、その場合、専業主婦の場合と同様、単価は平均賃金、休業日数は家事に支障を与えた日数で評価されることが多いので、男性の非正規雇用者の場合とは大いに異なる。
 例えば、三〇代の夫婦が追突事故にあって、夫が非正規雇用者、妻が専業主婦ないしパート労働者の場合、夫と妻が同じように通院治療を受けたとしても、休業損害の評価において数十万円もの差が生じることがある。
 この格差の原因はいろいろ考えられる。非正規雇用者の賃金が異常に低いことにも原因がある。これは新自由主義経済の失敗、悪しき能力主義、わが国の労働市場の閉鎖性(新卒で正規社員として就労しないと、その後の賃金上昇に大きな差が生ずる。)に起因するという評価が可能かもしれない。
 そもそも家事労働が平均賃金の評価に値するというのは擬制に過ぎないが、この擬制が限界にきているともいえる。家事労働自体が電化製品の普及、高度化、社会的分業の進化により著しく変質しており、いつまでこのような評価を維持できるかについて疑問を禁じ得ない。将来女性の社会進出が一層進み、平均賃金が四〇〇万円、五〇〇万円に上昇したときに見直しの機運が生じるかもしれない。
 このような不合理を意識して、近時は男性の家事労働にも女性と同様の評価を認める裁判例が増えてきたが、いまだ少数で、女性の場合ほど容易には認められていない。

 最後に究極の格差を指摘したい。
 交通事故の相談業務をしていると、損害賠償の計算の必要上平均余命を調べるときがある。
 周知のとおり、平均余命は女性のほうがかなり長い。当然のことながら平均余命の格差は、死亡事件や高度後遺障害事件における逸失利益や将来の介護費用の算定において大きな影響をもつ。すでに論じた例は性差に基づく社会的評価によって生じる格差といえるが、この格差は生物学的基礎に基づく厳然たる事実で、いかんともしがたい。
 ちなみに、いま自分の平均余命について調べてみると、同年代の女性に比して四年以上短いことを見て愕然とする。この格差が近い将来、解消する見込みはほとんどなく、大きな不条理を感じざるを得ない。男性にとってはまことにつらいところであるといえよう。

(弁護士)

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