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一般2019年01月09日 弁護士の報酬を巡る紛争(法苑186号) 法苑 執筆者:松平久子

1 はじめに
 皆様は、レストランに行って、メニューに値段の記載がなかったら、または「時価」だったら不安を覚えませんか。私は不安です。弁護士職務基本規程によれば、事件を受任するにあたり、弁護士報酬について適切な説明をしなければならず、弁護士報酬に関する事項を含む委任契約を作成しなければならないとされています。しかし、報酬に関する合意があっても、弁護士と依頼者間での弁護士報酬を巡る紛争は絶えません。
 私は、T弁護士会の紛議調停委員会(以下「委員会」)の委員です。この委員会は、弁護士の職務上の紛争を、話し合いによって解決を図る役割を担っています。私は、約一〇年間、紛争処理にかかわってきたので、そこでの考察をご一読ください。

2 報酬に関する紛争
 紛議調停委員会には、依頼者側からは、「弁護士から請求されている報酬が高いので、妥当な報酬に減額してほしい」、または「弁護士に報酬を支払ったが、高すぎたので、妥当な額を超える分を返してほしい」という申立が行われ、弁護士からは、「事件が終了したが、依頼者が合意した報酬を支払ってくれないので、支払ってほしい」という申立がなされます。
 典型的な紛争事例をご紹介しますが、これらはフィクションであり、実在の人物や団体などとは関連ありません。

(1) 報酬に関する合意はあるが、規定が曖昧かまたは具体性がないために、弁護士の解釈と、依頼者の解釈との間にずれが生じている事例
(事例1)
① 依頼者は、債務者A社に五千万円の債権を有している。しかし、A社は、倒産して清算も結了しており、
 資力は無い。依頼者は、A社の関連会社B社(資力あり)にも、この債権を支払う義務があると主張して
 いるが、B社はこれを争っている。
② 依頼者は、この状況を弁護士に説明した。弁護士は、A社とB社を共同被告として、五千万円の請求訴訟
 を行うことを依頼者に提案し、依頼者から事件を受任した。依頼者と弁護士間の委任契約には、「経済的
 利益の一〇パーセントを成功報酬として支払う」という規定が入っている。
③ 弁護士は、訴えを提起したところ、裁判所は、A社については、欠席判決で五千万円の請求を認めたが、
 B社については、B社の反論を認め、依頼者の請求を棄却した。
④ 依頼者の現実的な回収は、客観的に見ればゼロであるところ、弁護士は、依頼者に対して、A社への
 請求が認められたとして、五千万円の一〇パーセントである五百万円の報酬を請求した。しかし、依頼者
 は、報酬の支払いを拒否した。
⑤ 弁護士から依頼者に対して、五百万円の成功報酬を求める紛議調停の申立を行った。
(事例2)
① 年齢三〇歳、年俸五百万円の従業員である依頼者が降格された。降格後の年俸は四百万円であるが、
 手当が百万円付くため、降格前と後では賃金総額は変わらない。しかし、その後の昇進や退職金には
 影響を与えるので、依頼者がこのまま定年までの三〇年間、会社に留まった場合には、生涯年収に
 約五千万円の差が生じる。
② 弁護士と依頼者間の委任契約には、「経済的利益の一〇パーセントを成功報酬として支払う」という
 規定が入っている。
③ 弁護士は、依頼者の代理人として、会社を訴えたところ、会社は依頼者を元の役職に戻すという裁判上
 の和解が成立した。
④ 弁護士は、依頼者に対して、生涯年収の想定差額五千万円の一〇パーセントである五百万円の報酬を
 請求した。
⑤ 依頼者は、妥当な報酬額の範囲で成功報酬を支払うとして、紛議調停の申立を行った。
(コメント)
 皆様は、いずれの事例についても、弁護士の請求について違和感を持たれるのではないでしょうか。紛争の原因は、弁護士と依頼者のそれぞれの「経済的利益」の認識に大きなずれがあることです。弁護士の世界では、「経済的利益」は、「現実の回収額」でないようですが、絵に描いた餅を食べることはできないというのも、ごく一般的な感覚ではないでしょうか。
 このような認識のずれを回避する方法は、委任契約締結前に、「経済的利益」の解釈と計算方法を明確にし、弁護士が依頼者に対し、参考として、生じる可能性が高い結末毎に、算定された報酬額を提示することです。事例1については、資力の無いA社に対する請求は認容されるが、B社に対する請求が棄却される可能性があることは分かっていました。弁護士が、このような結末であっても五百万円の報酬請求権が発生することを依頼者に説明していれば、依頼者は、報酬条件について変更を求めるか、仮に両者間で合意できないようであれば、当該弁護士には事件の依頼をしなかったはずです。
 事例2については、「経済的利益」とは、基本給の差額なのか、手当を含む額の差額なのか、また、手取り額なのか、総支給額なのか、報酬の対象となる期間は定年までなのか、それとも数年分なのか、またその数年分はどの時期からどの時期までとするのか、計算方法について具体的な取り決めをしておくべきでした。

(2) 報酬金額が合意されていたにもかかわらず後日紛争になるケース
(事例3)
① 依頼者は、大切にしていた物をAに破壊された。依頼者は、自身の怒りと悲しみに応じた対価として、
 Aに対して一千万円の損害賠償請求をするよう弁護士に依頼した。
② 弁護士は、依頼者に対して、物の客観的な価値は三〇万円であり、慰謝料を加えても、損害賠償額が
 五〇万円を上回ることはないとの見込みを説明した。その上で、弁護士は、裁判にかかる時間と労力を
 想定し、かつ、成功報酬が見込めないとして、成功報酬はゼロとして、七〇万円の着手金を請求した。
 依頼者は、その報酬条件に同意して、弁護士に七〇万円の着手金を支払った。
③ 裁判の結果、裁判所は、三〇万円の損害賠償請求を認め、依頼者は三〇万円の支払を得た。
④ しかし、それから更に三年経過すると、依頼者は、徐々に怒りと悲しみから回復してきた。
 そうすると、五〇万円を上回る損害賠償額までしか期待できず、現実的にも三〇万円しか得ることが
 できなかった事件に、七〇万円もの着手金は不当であると思った。
⑤ 依頼者は、弁護士に対して、妥当な報酬は一五万円であり、五五万円分の報酬を返還するよう求める
 紛議調停の申立を行った。
(コメント)
 事例3については、弁護士にいささかの同情を感じる方もいるのではないかと思います。しかし、このような事例は、決して、珍しいものではありません。怒りや悲しみが去ると、経済的合理性に関する判断力が戻ってくるものです。経済的合理性に乏しい事件は受任しないという方針の弁護士もいれば、少額の着手金で成功報酬割合を多くして受任する弁護士もいるでしょう。いずれにせよ、費用倒れが予想される案件は、後日、紛争が生じる可能性があることを認識した上で、弁護士は事件を受任するかどうか、及び受任する場合には、依頼者との間で報酬をどのように取り決めるかを判断する必要があります。

3 最後に
 紛議調停手続は、審判手続ではないことから、話し合いによって解決する手段しかなく、委員会が妥当と考える結論を当事者に強制する力はありません。とは言え、無料でかつ(裁判との比較では)多大な労力を要しない等のメリットがあります。私は、委員会の活動の末端に携わる者として、読者の皆様に、万一、弁護士との間で、または弁護士として、弁護士の職務上の紛争が生じたときには、ADR(裁判外紛争解決)としての紛議調停手続の利用をご検討いただきたいと思っています。

(弁護士)

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