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一般2023年09月15日 街の獣医師さん(法苑200号) 法苑 執筆者:石埜太一

 以前、久しぶりに会った司法修習同クラスの弁護士に、自分が扱っている特徴的な業務は何かと尋ねられた。どういう業務が多いか、と尋ねられることは多かったが、特徴的な業務という質問は初めてだった。暫し考え、「街の獣医師さん関連かな?」と答えたところ、珍しがられ、興味を持ってくれた。
 そこで本稿では、私が街の獣医師さんから依頼を受けた業務内容や獣医師さんとの関わりの中で知った理念を紹介する。
 そもそも獣医師さんと関わりを持つことになったきっかけは、一〇年以上前に、所属していた青年会議所で知り合った会社社長の顧問行政書士さんから紹介いただいたという遠いご縁である。その当時、私自身はペットを飼っていなかったが、実家で怪我をした猫を保護して獣医師さんのお世話になりながら飼い続けていた(私は猫アレルギーなので喘息を発症するなど大変な思いもしたが。)。そのようなこともあって、少しでも獣医師さんのお役に立てればとも思い、ご依頼を受けた。
 その獣医師の先生からのご依頼については、残念ながらあまり良い解決策を提示できなかったが、その先生のお母様の成年後見人になったりするなど、以後、色々な獣医師さんからご依頼をいただくようになった。

 獣医師さんからのご相談で多いのは、未払い診療報酬の回収、飼い主さんからのクレーム対応である。
 未払い診療報酬は、数十万円程度と少額であることがほとんどである。そのため、今のところ訴訟にまで至ったことはない。内容証明郵便で催告書を送る、電話をかける、などの方法で粘り強く交渉し、一括が無理であれば分割払い合意書を取り交わす。こちらがいくら手紙を送っても無視されたり、そんな治療を頼んだ覚えはないと反論されたりすることもある。そうなると、こちらから客観的証拠を示す必要があるが、来院されるたびに飼い主さんと獣医師さんとの間で契約書を取り交わすことはまずない。しかし、来院時に問診票や治療に関する同意書をもらっていることが多いので、それらと治療内容を記載したカルテとを合わせることで診療契約成立の一応の証拠が揃う。これらをもとに、診療契約の成立が認められ、法的措置をとることも可能であることを説明するなどして、支払いに応じてもらうよう説得する。
 確かに、ペットの治療費は健康保険制度のある人の治療費に比べて負担が大きい。民間のペット保険に加入していれば幾分カバーされるが、そうでもないと、一括払いが難しいことは理解できなくもない。理解ある獣医師さん側から分割払いを提案してくれる場合もある。ペットを飼うには相応の覚悟が必要だ。新型コロナウイルス感染症でステイホームを余儀なくされた期間、ペットブームとなったようだが、コロナ禍が落ち着いた後も責任をもって飼育し、遺棄したり、虐待したりしないことを願うばかりである。
 治療の甲斐なくペットが亡くなってしまった場合、飼い主からのクレームが苛烈になることが多い。家族同様に生活してきた愛するペットが亡くなってしまったのであるから、気持ちは理解できる。しかし、担当した獣医師さんに対して、「動物虐待」、「サイコパス」など、どう考えても名誉毀損的な表現で非難する飼い主さんに対しては、同情の気持ちも薄れてしまう。若い獣医師さんの中には、気落ちして病院を辞めてしまう人もいる。残念なことである。
 治療の甲斐なく亡くなってしまったり後遺障害が残ってしまった場合、飼い主さんから多額の賠償を求められることがある。このような相談に対しては、人を対象とした医療過誤に関する不法行為の一連の判例の考え方をベースに対応する。すなわち、同様の地域における同程度の動物病院を基準とした獣医療水準に照らして注意義務違反があったかどうかである。当該獣医師の先生が行った手法が一般的なのかインターネットや書籍で調べたり、セカンドオピニオンを求めたりする。飼い主さんに手術の手法や処置の経過について丁寧に説明することで、最善を尽くしたことを理解してもらえることもある。責任を感じた獣医師さんの中には、飼い主さんから言われるがままに支払ったり、ペットが亡くなるまでの治療費を負担する旨の合意書に署名したりしてしまう方もおられる。いったん合意した治療費の支払いを途中で打ち切る交渉は困難を極める。約束が違う、うちの子を見殺しにするのか、と言われることもあるが、より安価な治療方法や薬を提案したり、一時金を支払うことで納得してもらうしかない。
 また、高度な治療を要する場合における転院義務を検討する場合もあるし、転院先となる地域の基幹的動物病院からご相談を受けることもある。優秀な大学を出て研鑽を重ね、高度な先端治療を行った若い獣医師さんが最善を尽くしたものの思うような結果が出ず、責められて落ち込む姿を見るのは本当に忍びない。リスクを伴う高度な医療を行う場合は、通常以上に事前のインフォームドコンセントと事後の経過説明が重要となる。

 素人的な感想だが、飼われている犬や猫は太っていることが少なくない。太っていると心臓への負荷がかかり、ある程度高齢になると死亡等のリスクが高くなる。その点は人間でも同じかもしれないが、犬や猫は太っているとはいってもまだ抱きかかえて重く感じる程度であったりするので、飼い主さんはそこまで危険だと認識しないのかもしれない。しかし、間違いなくリスクは高まっている。また、犬や猫の治療は人の治療と同じに考えてはいけない。まず、犬や猫は人に比べて臓器などの器官が小さく、血管も細いので、ただでさえ治療は大変であるが、さらに、必ずしもじっと大人しくしているわけではないので、スタッフが押さえながら治療することになる。特に、入院したペットは環境が変わると暴れたり食事を取らなくなったりすることも多い。そのため、食事を変えて試行錯誤したり、治療時にやむを得ず鎮静剤を使用したりすることもある。そうこうしている間に衰弱してしまうこともあるのだが、入院させたら衰弱して帰ってきたとなると飼い主さんが怒るのも理解できなくはない。診療報酬の支払いを拒まれる事態にもつながりかねないので、治療前後の丁寧な説明が求められる。
 損害賠償金の支払いがやむを得ない場合もある。その際、保険会社の賠償責任保険に加入していれば、適正な賠償額についてはカバーされる。それだけでなく弁護士費用もカバーされるので、示談交渉の依頼を受けた際は、まず保険加入の有無を確認し、加入していれば、保険会社から支払われる金額について会社担当者と打合せをしながら交渉を進めることが重要となる。

 トラブルが予見される飼い主さんから依頼されるペットの治療は大変である。弁護士であればそのような依頼は何らかの理由をつけて断ることも可能であるが、獣医師さんはそうもいかない。応召義務があるからである。反社会的勢力と思しき人のペットの治療の依頼を受けたため常連さんとなったり、同様な方を紹介されることもある。その獣医師が引退して病院を後継者に引き継いだ後も来院され、困惑するケースもある。いくら風貌が強面で言葉が荒く、声が大きかったとしても、治療を求めているのであれば断ることは難しい。獣医師さんとしては通常以上の緊張を強いられるが、業務妨害に至る行為でもなければ粛々と対応するしかない。弁護士に応召義務が無くてよかったと思うこともある。
 獣医師の先生とやり取りをする中で教えていただいた理念に「ONE HEALTH」がある。これは、ヒトと動物、それを取り巻く環境(生態系)は、相互につながっていると包括的に捉え、人と動物の健康と環境の保全を担う関係者が緊密な協力関係を構築し、分野横断的な課題の解決のために活動していこうという考え方であって、人獣共通感染症対策などでこのようなアプローチが必要とされている(環境省ホームページより)。この理念は、二〇一五年に国連総会で採択されたSDGsにも通じるものがあるが、それよりも早い二〇〇四年に野生生物保全協会で決議されたマンハッタン原則で言及されたものである。
 人獣共通感染症は次のような流れで広まっていく。すなわち、まず、森林伐採などにより人がそれまで立ち入っていなかった地域にまで人が立ち入り、人と野生動物との距離が縮まる。そして、野生動物が保有していたこれまで人が接したことのないウイルスに人が感染する。人はそれに気づかず移動する。野生動物には免疫があり発症していなかったとしても、免疫を持たない人が発症して、人の間での感染が広まる、というわけである。感染したブタの中で人にも感染する型に変異することもあるようだ。このように、人、動物、生態系は、まさに一つの健康を構成しているのだ。
 私がこれをリアルに感じたのが、二〇一九年一二月から始まった新型コロナウイルス感染症である。このウイルスは野生コウモリ由来のウイルスが人獣共通感染によって人に飛び火したものとのことだが、瞬く間に感染が拡大し、パンデミックを引き起こした。これまでにも鳥インフルエンザなどの感染症が流行したことはあったが、日本国内では養鶏場等の農業施設での感染がニュースで報道されるものの、個人的に身近な脅威と感じたことはなかった。今回の新型コロナウイルス禍は、私にとっては、初めて脅威を感じたリアルな「ONE HEALTH」であり、何も問題解決に協力できないことへの無力を感じた出来事でもあった。

 このように、私は獣医師さんから、仕事のご依頼をいただくだけでなく、貴重な知見もいただいている。ありがたいことである。業務上、人や動物の健康とか環境保全を直接扱うことはないが、獣医師さんのサポートを通じて、「ONE HEALTH」に貢献したい。また、一市民として、人と動物の相互の関連や生態系に関する広い視野を持って行動したいと考える次第である。

(弁護士)

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