一般2021年09月10日 新型コロナウイルスとワクチン予防接種(法苑194号) 法苑 執筆者:黒木聖士

一 はじめに
新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」)が二〇一九年に発生し、二〇二〇年一月以降、世界的に感染が拡大していき、WHOは二〇二〇年三月一一日、世界的大流行(パンデミック)を宣言した。日本でも二〇二〇年二月ころから感染が拡大していき、四~五月に第一波が来たため、新型インフルエンザ等特別措置法に基づく初めての緊急事態宣言が出され、その後も、第二波(七~八月)、第三波(一二~二月)、第四波(四~五月)と次々と繰り返されており、現在、インド変異株(デルタ株)による第五波が懸念されている。
これまで一年六か月間の世界の感染者数は約一億八、〇〇〇万人(うち死亡者は三九〇万人)、日本の感染者数は約八〇万人(うち死亡者は約一万五、〇〇〇人)に達しており、感染が収束していく目処は立っていない。
二 ワクチン予防接種の状況
世界的に新型コロナの流行が続く中、欧米の大手製薬会社によって、わずか一年足らずで新型コロナのワクチンが開発され、欧米諸国をはじめ世界各国で緊急的に承認されていき、急速に予防接種が進められている。
日本でも、二〇二〇年一二月九日、予防接種法が改正され、新型コロナのワクチンも「臨時の予防接種」とみなして勧奨接種できることとなり(附則七条一項、法六条一項)、二〇二一年二月一四日、米ファイザー製ワクチンを特例承認して、医療従事者、六五歳以上の高齢者への先行接種が始められた。その後、同年五月二一日、米モデルナ製・英アストラゼネカ製のワクチンも特例承認された(ただし、アストラゼネカ製ワクチンは、海外において血小板減少症に伴う血栓症の発生が報告されていることから、公的接種対象外となっている。)。
政府は、二〇二一年七~九月の東京オリンピック・パラリンピックや九~一〇月の衆議院解散総選挙を見据えて、ワクチン接種を加速させるべく、政府(防衛省)自らが直接、大規模接種会場を東京・大阪に設置し、また、大規模な職域接種も推奨している。
三 ワクチンの有効性・危険性(特に死亡者数)
現在、日本で接種に使用されているファイザー製・モデルナ製のワクチンは、発症予防効果は約九五%である。感染予防効果は不明であるが、発症予防効果同様に高いという報告もある。予防効果が六か月程度は持続するという報告はあるが、一年持続するかは不明である。
他方、急性症状としての副反応は、疼痛、倦怠感、頭痛、発熱、下痢など様々な症状が見られ、稀にアナフィラキシーショックも生じる。長期的な安全性は、不明である。
ワクチン接種後の死亡報告事例(因果関係の有無を問わない)について、二〇二一年六月二三日開催の厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会では、二月一七日から六月一三日までの一一七日間(約四か月間)において、約一、七一四万人(約二、三二四万回)に対して二七七件(一〇〇万人あたり一六・二件、一〇〇万回あたり一一・九件)発生したと報告されている。インフルエンザワクチンの場合、平成三〇年シーズンで約五、二五一万回接種に対して死亡報告事例は三人(一〇〇万回あたり約〇・〇六人)であることと比較した場合、格段に高率である。
当該副反応検討部会では、ワクチン接種と死亡との因果関係は評価中または評価できないとのことだが、早急かつ適正な死因調査を進めて情報公開することが政府の義務だといえる。死因究明制度が整備されておらず、新しく開発されたワクチンと死亡との因果関係の調査・判断には極めて困難が伴うため、他原因で死亡したことが明らかであると断定できない限り、予防接種健康被害救済制度の対象とすべきであろう。
四 ワクチン接種の強制・差別
政府がワクチン接種政策を強力に推進する中、様々な職場などでワクチン接種の強制・差別事例が多数発生している。
日弁連が二〇二一年五月一四日・一五日に「新型コロナウイルス・ワクチン予防接種に係る人権・差別問題ホットライン」を実施したところ、全国各地から二〇八件の相談が寄せられた。
日弁連HPに掲載されている相談(概要)によれば、勤務先からワクチンを接種しないことを理由に解雇・休業・配転を求められたという医療従事者からの相談、接種しなければ病棟での実習が受けられないと言われた医学生・看護学生からの相談、ワクチン接種をしたかが分かるシールを名札に貼られたり、接種の有無が分かる名簿を張り出しているという看護師からの相談、接種しない選択をしたところ「もしコロナに罹ったらあなたのせいだ」と介護施設の上司から言われたり、ワクチンを接種しないと通所施設を利用できないと説明を受けたという高齢者施設の入所者からの相談など、ワクチンを接種しないことによる不利益な扱いに直面した事例が数多く見られた。
予防接種法上、新型コロナのワクチンについて、国の勧奨接種と国民に接種の努力義務が規定されているが、憲法上、ワクチン接種を受けるかどうかの自己決定権は保障されている。アレルギーの既往症・体質などから接種ができない人々も一定数いること、長期的な有効性・安全性は明らかではないことから、接種しないという選択は尊重されなければならない。
予防接種法改正時の衆議院厚生労働委員会の予防接種法及び検疫法の一部を改正する法律案に対する附帯決議でも「接種するかしないかは国民自らの意思に委ねられるものであることを周知すること」、「新型コロナウイルスワクチンを接種していない者に対して、差別、いじめ、職場や学校等における不利益取扱い等は決して許されるものではないことを広報等により周知徹底するなど必要な対応を行うこと」と明記している(参議院も同様)。
五 最後に
ハンセン病隔離政策でも明らかなように、感染症は患者・家族に対する差別と人権侵害の歴史でもあり、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の前文でも差別の歴史を踏まえなければならないと明記している。
新型コロナのワクチン接種に関する各種世論調査では、概ね約六割は接種希望、約三割は検討中、約一割は接種しないという結果であり、非接種者は少数者となる。新型コロナの感染収束のためにワクチン接種が国により強く推奨され、社会的に期待されるとしても、政府はワクチン推奨の前提として十分な情報公開を行うべきであるし、ワクチン接種を選択しない少数者の自己決定権も保障されるように広報していかなければならないと考える。
ワクチン接種を希望しない者に対しても、例えば、抗原検査・PCR検査を毎日行える環境を整備するなど、他の代替手段を講じることにより、私たちは多様な人々との「共生」を図っていくべきであり、事実上であれ、同調圧力であれ、政府や多数者の考えを少数者に「強制」することがないような社会を構築していく必要がある。
(なお、本稿は、二〇二一年六月三〇日時点の執筆。)
(弁護士)
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