一般2023年05月09日 人口減少社会の到来を食い止める(法苑199号) 法苑 執筆者:宮﨑直己
一 人口減少社会を迎えて
人口減少社会とは、文字通り日本国内に居住する人間の数が恒常的に減少してゆく社会を指す。したがって、単に一時的に地域に暮らす住民が減少しているという現象ではない。
人口減少社会の問題点を指摘した著作としては、既にジャーナリストの河合雅司氏(以下「河合氏」という。)が著した「未来の年表」(講談社現代新書)という本がある。その内容に衝撃を受けた方も多いのではなかろうか。
令和五年一月になって、私は、河合氏が出した「未来の年表 業界大変化」という本を読んでみた。この本は、今後日本社会に起きる人口減少に伴う産業界の変化を予測したものである。
人口減少社会が発生する原因は、周知のとおり少子化である。河合氏は「人口の未来は予測ではない。過去の出生状況の投影である」と言う。どういうことかと言えば、過去一年間に生まれた子供の数を合計すれば、二〇年後に二〇歳を迎える若者の数も正確に予測することができるということである。
厚生労働省の統計によれば、二〇二一年の二〇歳台前半(五年間)の若者の合計数は約五九三万人である。一方、同時期の〇歳?四歳児(五年間)の合計数は約四三八万人であるから、二〇年後に二〇歳台前半を迎える若者の合計数は現在よりも約二六%減少することが分かる。
二 人口減少がもたらす害悪
人口の減少は、日本に対し深刻な悪影響を及ぼす。具体的に言えば、日本経済の衰退であり、日本の国力が衰えるということである。衰亡する理由は、主に二つあると思われる。
一つ目の理由は、若い就業者の数が減少することから来る。就業者全体の総数のうち、活力のある若い働き手が占める割合が少なくなるのである。一方、活力が低下した高齢の就業者の割合は増加する。それによって、実質的な供給力不足(労働力不足)が生じる。
ここで、河合氏は、資源の少ない日本においては、若い就業者による技術開発・製品開発が必須であり、マンネリズムに陥っている中高年の就業者には余り期待が持てないと言う。この意見にはおおむね賛成することができる。
二つ目の理由は、需要の不足(購買力不足)ということである。誰でも感じることであろうが、高齢者は余りお金を使おうとしない。
そうすると、企業がいろいろな製品を発売しても、あるいはいろいろなサービスを提供しても、売れない、または利用されない結果となる。これでは、企業は満足な収益をあげることができず、ひいては国の税収額も先細りとなってしまう。やがて国民は、これまでのような行政サービスを受けることができなくなる。
三 子供の数を増やすには?
このように、我が国に人口減少社会が到来するということは、日本国の存立にも関係する重大事であることが分かる。そこで、人口減少を食い止める方策を考える必要が生じる。
誰でも思いつく方法は、今後、生まれる子供の数を増やすように誘導する政策をとればよいということである。正論である。しかし、具体策となると、「言うは易く行うは難し」と言える。政府は、幼少の子供がいる家庭に対し、一定額のお金を給付するなどの政策を現時点で発表しているが、いかにも不十分と言うほかない。そのような安易な方法では、新規の出生者数(生まれてくる赤ん坊の数)が増えることはないと断言できる。
私見によれば、生まれる子供の数が増えない理由は、主に経済的なものと考える。誰でも分かることであるが、子供が生まれたとしても、その後、その子が定職に就く年齢に達するまでの期間は、短い場合でも、通常一八年である。場合によっては、それ以上かかる。極めて多額のお金がかかるということである。
その間の養育費(教育費)は、ほとんど全部が親の自己負担となる。子供の数が一人であっても大変な負担となるところ、これが二人または三人以上となれば、親の負担は二倍、三倍となる。したがって、親としても、自分の生活が維持できる範囲内にとどめざるを得ない。
このように、少子化の主たる原因が判明した段階で、ではどうすれば若い親世代の給料(所得)を増やすことができるかという課題に直面することになる。これは、長年にわたって日本が罹っている「デフレ病」と深く関係する。
四 デフレの原因とその克服方法
東大で経済学(マクロ経済学)を教えている渡辺努氏(以下「渡辺氏」という。)の最近の著作に「世界インフレの謎」(講談社現代新書)という本がある。渡辺氏の本には、大きく二つのテーマが書かれている。一つ目は、コロナによるパンデミックと世界インフレの関係についてであり、二つ目は、世界の中で日本だけが苦しんできたデフレという慢性病の原因とその克服策についてである。
渡辺氏は、日本は、一九九〇年台半ばから四半世紀にわたってインフレ率が極めて低い状態を続けてきたと指摘する。つまり、商品(物とサービス)の値段がほとんど動かない状態が継続してきた事実がある。国際通貨基金が二〇二二年の春にまとめたインフレ率予想ランキングを見ても、日本は、加盟国一九二カ国のうち最下位となっている。インフレ率は一%を下回っている。他の先進国の場合、アメリカと英国は七%を上回っている。カナダ、ドイツおよびイタリアは五%台となっている。
最近、日本でも消費者物価が上がっているというニュースを頻繁に耳にするようになったが、世界のインフレ率の傾向から見た場合、依然として日本は低い水準にある。
このように消費者物価が凍り付いてしまった原因として、渡辺氏は、一九九〇年台後半に発生した金融危機を契機として、物価も賃金も横ばいで動かなくなったと指摘する。そして、その原因を、日本の消費者の「インフレ予想」が低すぎることに求める。インフレ予想が低すぎることによって、デフレを慢性化させてしまったという見立てである。
物価というものは上がらないものだという考え方(これは物の値上げを嫌う考え方でもある。)が日本の常識ということになれば、物やサービスを享受するための所得(給料)も増額されなくても困らないということなる。
しかし、コロナというパンデミックを日本人も経験し、世界の国々の物価が大きく上昇しているという報道に接する頻度が増えた結果、ようやく日本でも物価の上昇に対する拒否感が薄れてきたという調査結果もある。そうすると、企業の方も、商品価格を値上げしようとする行動に変化する可能性が高まる。
これまで、企業の内部努力などによって、儲けが出るか出ないかのギリギリの価格設定をしていたのが、商品の価格を適正レベルにまで上げることによって、つまり、商品の生産費を販売価格へ転嫁することを通じ、適正な収益を上げられる構造に転換することができる。
ただし、商品価格が上がれば、当然、生活費も増えることになるため、企業は、従業員に支払う賃金を増額する必要が生まれる。このように、人件費の増額分を商品の価格に上乗せするという考え方を国民が容認するようになるか否かが重要であると渡辺氏は指摘する。
五 賃金の上昇と子育て世代への影響
右のように、仮に賃金が毎年増額されるという社会状況が到来したとする。では、子育て世代が、子供の数を増やそうとするだろうか?いくら賃金が毎年増額されても、物価がその分だけ毎年上昇すれば実質賃金(名目賃金を物価で割ったもの。)は一向に増えないことになる。
六 是正・改善すべき事項
そこで、第一に重要となるのは、労働生産性の向上である。労働生産性が上がれば、物価の伸びよりも賃金の伸びの方が大きくなるため、実質賃金が上がることになる。結果、労働者の生活に余裕が生まれ、子供の出生率の向上が期待できる。
労働生産性を上げるとは、例えば、意味のない会議や出張を廃止することによって生じた時間を商品開発の作業に振り向けることを指す。そうすると、同じ時間だけ労働しても生産力はアップする(会社の収益が上がる。)。
第二に、これは河合氏の提案であるが、全労働者のスキルアップを図ることである。個々人のスキルが向上すれば、同じ事務または作業をこなすために必要となる時間が短縮できる。これも労働生産性の向上につながる対策である。
第三に、今後発展させる事業と廃止する事業を選別するということである。私は、若い頃に地元の県庁に勤務していた経験があるが、担当した仕事(公務)の中には、「なぜこのような仕事が必要なのか?」と疑問を感じるものが少なくなかった。これまで毎年予算が付いていたというだけの理由で、大半の県職員は「思考停止状態」に陥り、そのため、無意味な仕事が長年にわたって継続されて来たのである(ただし、現況については把握していない。)。このような無駄を無くし、余ったお金は、教育費の無償化等の生きた事業に充てるべきである。
第四に、これまで当たり前の制度であった退職金についても、今後は、縮小または廃止する方向で検討する必要があると考える。退職金は、法的には賃金の後払いという性格を持つ。確かに、定年で退職する者にとっては、一時金として多額のお金が手に入るわけであるから、ありがたい制度である。しかし、企業としては、その退職金を用意しなければならない。その結果、子育て世代に支払う賃金が、その分だけカットされることになる。
今後、退職金の制度を廃止または大幅に縮小し、その余剰金を若い子育て世代に賃金として支給するよう改めるべきである。
第五に、ここが一番重要な点であるが、各省庁に対する国の予算配分の大幅な見直しである。ここでは、既得権益を守ろうとする勢力(守旧派)との闘いに勝つことが必要となる。
例えば、何を目的に入学するのか本人も分かっていないような学生ばかりを集めた私立大学はもはや無用である。そのような大学に対する国の補助金をカットまたは廃止し、大学の再編成を進める。そもそも真剣に勉強をする気がない若者は、大学に進学する資格もなければ、あえて進学する必要性もない。
無駄な私立大学を淘汰し、余った文教予算は、実業高校(商業高校、工業高校等)または高専の増設・設備の充実費用に充てる。実業高校(または高専)を卒業し、職人または専門技術者を目指して実社会に出た若者は、いち早く税金を納める側に立つ。このことは、税収不足に悩む国家にとっても朗報となろう。
このように、子育て世代の生活を豊かなものにし、人口減少社会の到来を少しでも食い止めるための方策はいくらでもあるのである。
(弁護士)
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