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建設・運輸2019年05月10日 性能規定と建築基準法(法苑187号) 法苑 執筆者:小林恭一

 建築基準法の性能規定化から二〇年が経ち、設計の自由度の増大などに大きな効果を上げている反面、歪みも目立つようになってきている。二〇年の節目の機会を捉えた制度設計の見直しの必要性やその内容などについて考えてみたい。

性能規定化と規制改革委員会
 安全確保などを目的とする法令の技術基準は、従来、材料や寸法などを具体的に示す「仕様規定」が主流だった。仕様規定は、規制する側とされる側が共通の技術的基盤に立っていれば、確実で紛れがなく一定の安全性を確保しやすいが、新技術の開発を阻害しがちになるなどという欠点もある。このため、一九九〇年代の後半から、政府の規制改革委員会などが中心になり、「国の定める基準認証制度の技術基準は原則として全て性能規定に変えるべき」という改革が進められた。
 「性能規定」というのは、技術基準を、法目的を達成するために必要な性能を示すことによって規定していこうとする考え方で、必要な性能が得られるならその方法は原則として自由であるとするため、技術開発を促す効果があるとされている。
 この改革圧力により、各省庁の技術基準の多くは「性能規定化」されることになったが、法目的を達成するのに必要な性能を仕様規定によらずに示すことは、実はなかなか難しい。このため、政省令や告示で定める技術基準は「仕様規定」から「性能規定」に置き変え、従来の仕様規定は規制改革委員会の目の届きにくい外郭団体の基準や業界基準などに移し替える、などということもかなり行われたようである。

建築基準法の性能規定化と日米貿易摩擦
 このような各省庁の動きの中で、建築基準法の性能規定化は優等生だった。その理由の一つは、日米貿易摩擦である。
 一九八〇年代にはアメリカの対日貿易赤字が巨額になっており、アメリカの対日輸出の拡大方策が両国政府間で模索されていた。その一環として、一九八五〜八六年のMOSS協議(市場指向型個別分野協議)、一九八九〜九〇年の日米貿易委員会における協議などにおいて、木材の対日輸出拡大のため、建築基準法の木材使用規制の緩和が強く求められた。
 「木造建築物は火災に弱い。地震国日本では大地震による市街地大火を防ぐことが至上命題。大規模木造建築物などとんでもない。」という日本政府の主張に対し、アメリカ政府は性能規定的主張を繰り出して来た。「木造建築物を大規模又は高層としてはならない理由は何か?木造建築物が防火上問題ありとされている理由は、着火の容易性なのか、延焼速度が速いことなのか、構造耐力が燃焼により失われることなのか、延焼拡大の容易性なのか?延焼拡大の容易性が問題なら、それは建物内部の問題なのか、外部への延焼拡大の問題なのか、外部からの延焼の問題なのか、水平方向なのか、垂直方向なのか?また、そのような性能はどの程度の時間要求されるのか?そういう問題点を具体的に示すべき。木材でも、その要求水準を上回っていれば良いはずではないか。」というのである。
 この主張は極めて合理的だったため、日本側も、結局、木造三階建て住宅等に関する規制緩和(一九八七年)を行い、一九九二年には、「準耐火建築物」などという概念を作って性能基準を整備し、この性能を満たしていれば、主要構造部を木造とするかどうかは問わない、などという方向に転換せざるを得なかった。この結果、建設省(当時)には性能規定について、一種のトラウマが残ることになった。
 このような背景があったところに、規制改革委員会からの性能規定化圧力がかかり、一方で、欧米先進国では建築基準の性能規定化に向けての動きが活発化するなどの状況もあった。このため、建設省は、この機会に建築基準法令を抜本的に見直して本格的な性能規定に改正し、このジャンルで世界トップクラスの座を占めようと、官民の研究者や技術者を動員して一九九八年に建築基準法の、二〇〇〇年には関係技術基準にかかる政令と告示の、抜本的な改正に踏み切ったのである。

性能規定化後二〇年の効果と歪み
 建築基準法に性能規定が導入されて二〇年が経つ。今では、建物の避難設計には、「避難安全検証法」を用いるのが当たり前になっており、材料も、一定の試験をクリアすればどんなものでも不燃性能があるなどということになったため、様々な複合材料が用いられるようになっている。
 「避難安全検証法」というのは、火災の煙が拡大して顔の高さまで下りて来るまでの間に、内部にいる人が全員安全な階段に逃げ込むか、安全な地上まで避難できることを計算上明らかにできれば、階段までの距離や階段や廊下の幅、部屋や廊下の仕上げの燃えやすさなど、避難のための様々な規制が適用されない、という仕組みのことである。
 避難安全検証法は、通常の建築物で発生した通常の火災を前提に、その本来の考え方を素直に適用していれば、なかなか巧みな制度なのだが、施行後二〇年も経つといろいろな歪みが生じて来る。
 その一つが、計算上、煙降下時間を引き延ばすウラワザの出現である。あの手この手で煙降下時間を引き延ばすというウラワザが広まり、広大なフロア面積を持つ超高層ビルの高層階に階段が二つしかない、というのは今や当たり前だとも聞く。危険性が顕在化しないのは、スプリンクラーが初期消火段階で火災を食い止めているためとしか思えない。
 また、建材の分野でも、燃えやすいポリウレタンなどを芯材とし表面を金属で被覆した複合材料は、うまく作れば不燃材料の試験を通ってしまうが、実火災では、一定時間が過ぎると激しく燃焼するなどということも起こっている。

性能規定化の課題を踏まえた制度設計の見直し
 どんな検証法でも、その検証法の方法論の範囲内でしか有効でない。その検証法の想定外の建物や状況のもとでは、適正な検証は不可能である。「想定外」は当初は想定できないため、想定外の建物や状況に検証法が適用されることがわかってきたら、すぐに是正する必要がある。まして、作為的に「想定外」を引き起こすウラワザについては、即座に是正措置を講じなければ、その検証法そのものが成り立たなくなる。検証法が適正に機能するよう、バグが発見されたらすぐに修正する仕組みを盛り込むことは、性能規定化のための制度設計の基本だと思う。
 「建築基準法は国の責任のもとに一定の安全性を保証している」という神話に依存してモノ造りをしている人たちが多いことも、性能規定が堕落した使われ方をするようになった理由の一つだろう。検証法を、想定外の建築物に適用したり、作為的に想定外の状況を作り出して適用したりすれば、「一定の安全性」が保たれないことは明らかだ。「国が基準も確認の仕組みも作っている以上、建築基準法に適合していれば免責になる」という考えは、性能規定の時代には成り立たないと考える必要がある。
 建築に携わる人たちは、性能設計の時代だからこそ、ただ建築基準法に適合していればよしとするのでなく、防火安全性能を自分の力で考えて組み立てることが必要だ。性能規定施行後二〇年を経た今、そのような仕組みを制度設計に導入することも考えるべきだと思う。それとも、昨今の規制緩和の風潮と日本の企業風土の中では、大事故が起こらない限り、行けるところまで行くしかないのだろうか。

(東京理科大学総合研究院教授)

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