一般2023年05月09日 東京再会一万五千日=山手線沿線定点撮影の記録=(法苑199号) 法苑 執筆者:池戸重信

1.東京はどう変わっていくかのビジュアル検証
大都市東京は常に変化していることは誰もが実感している。常にどこかでクレーンが作動し新しいビルが建設され、道路も改装工事がなされている。近郊に住む者でも、久々に行った街が「いつの間にこんなに変わったの?」と驚くことはよくある。
その"変貌"の中には、単に建物が建て替わったというだけではなく、都市計画等によりエリア全体がこれまでと全く異なった街に入れ替わるということも含まれる。
私は、たまたまのきっかけを縁に、数十年単位の定点観察により検証してみることにした。
2.定点撮影のきっかけと概要
一九七六年五月、二十歳代も終わりの頃に、当時の職場の写真好き仲間を誘い、山手線の線路に出来るだけ近い道路を歩きながら写真を撮って一日で一周することにした。午前六時ジャスト東京駅発とし、有楽町→新橋→…→東京の時計回りだが、経路は事前に決めず文字通り「行き当たりばったり」とした。被写体は各人の判断によるが、私は、進行方向前方の景色を対象に一分間毎に一回シャッターを切ることにした。横断歩道の途中はもちろん、トイレ使用中や昼食中でも秒針が一二時の位置に来た時に前方を撮影という方式である。迷って線路から結構離れた道(大塚→駒込など)を歩くこともあったが、結局、東京駅の出発点に戻った午後四時四十一分には六二一枚を撮影していた。所要時間は十時間四十一分だった。その後、二〇一九年までの四三年、同地点での定点撮影を不定期ながら一四回にわたり継続してきた。当然ながら二回目以降は、個々の撮影地点の確認等のため一日では廻りきれず、毎回延べ一〇日間以上を要している。ちなみに、山手線一周の電車の営業距離は三四・五㎞であるが、同線路付近の道路を歩いた距離は確実にそれより長い。これまでに歩数計で計った結果では約八万歩であった。
この数十年の間、二〇世紀から二一世紀に、元号も昭和、平成、令和と変わってきたが、これら時代の推移は、記録に残された約一万枚の写真の画面情報からも読み取れ、大きく変わった東京の街並みや暮らしぶりが伝わってくる。
3.定点撮影の苦労話
定点撮影で一番苦労するのは、撮影地点の特定である。そもそもこの企画は最初の撮影の時に計画したものではなく、昭和から元号が移行した平成二年、すなわち一四年経った時に定点撮影を思いつき、同年を二回目撮影として以降これまで実行してきたものである。したがって、二回目の撮影の際には久々に写真を取り出して当初の経路を探すとともに、撮影した地点を特定するのに大変苦労させられた。建物が建て替わるだけでなく、新たな道路が出来たり、横断歩道の位置が移動したり、道路が高校の運動場になったりなど撮影地点の位置が様変わりした箇所が多数あった。一回目の写真と同じ地点がどこか分からない場合には、近所の人に写真を見せて訊いたりもしたが、人間の記憶は予想以上に曖昧なもので、中には過去の写真に写っている自分の建て替え前の家が分からなかった人もいた。結局、最も信頼できたのは道路のマンホール等のフタだった。写真にフタが二つ以上写っていてそれが現場に残っていれば確実に地点が特定できた。
撮影地点が道路の真ん中になっているところもあるため、自ずと撮影時間帯は交通量が少ない早朝になり始発電車で出かけることに。すると路上駐車(平成当初までは路上駐車の規制が比較的緩かった)により撮影地点に立てない箇所が多くなるだけでなく、早朝にカメラを持ってウロウロすると怪しい人に見られる。秋篠宮様のご成婚前に学習院の前で不審者としてパトカーに挟まれ尋問されたこともあった。また、鶯谷駅の周辺のホテル街はいわゆる「朝帰り」のカップルに遭いやすい。初回撮影の時、目黒駅前の公衆トイレを利用することにしたが、その入口の前で一分間に一枚の撮影時間だったのでシャッターを切った。当時そのトイレは男女共用で出入口も共通だった。ところがその後男女に分離され、たまたま撮影した地点が女子トイレの入口になってしまい、かつ真正面が交番でお巡りさんが見張っているため不審者に思われないようにしなければならなくなった。
4.定点撮影写真から読み取れる情報
撮影された写真の画面を「情報」として比較してみると、その変化が時代の推移として読み取ることができる。一九七六年と、それから約一万五千日後の二〇一九年の変化を見てみよう。ちなみに、一九七六年は、ロッキード事件、日本初の五つ子の誕生、クロネコヤマトの宅急便サービス開始、アントニオ猪木とモハメド・アリの異種格闘技戦があり、巷に流れている曲としては、子門真人の「およげ!たいやきくん」、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」、キャンディーズの「春一番」が、映画は「JAWS・ジョーズ」や「オーメン」がヒットした年であった。
一万五千日の間に、山手線沿線の撮影経路に沿った大きな変化としては、都庁が丸の内から新宿に移転(一九九一年)、新橋駅付近に汐留シオサイト地区が整備(二〇〇二年)、高輪ゲートウェイが山手線の三〇番目の駅として開業(二〇二〇年)、大崎ニューシティ地区が整備(一九八七年)、恵比寿ガーデンプレイスが整備(一九九四年)、池袋サンシャインシティが整備(一九七八年)、秋葉原駅北側に秋葉原クロスフィールド地区が整備(二〇〇六年)、その他大手町・丸の内・有楽町地区なども都市計画に基づき再編されつつあり、個々の写真でその変化が読み取れる。仮に山手線を時計版に例え、秋葉原駅が三時、大崎駅が六時、新宿駅が九時そして巣鴨駅を一二時とするなら、特に三時~九時の間の変化が著しい反面、一二時~三時の地区はまだ元の風景が残っている傾向にあった。
いずれにしても、総じて写真から空の占める面積が減っている。ビルが高層化したためと、街路樹が生長したためで、人工と自然の両者が「成長」したという皮肉な現象である。ただ、時代の推移とともに、地区整備計画の大型化、ビルの高層化速度が街路樹の生長を上回り、その結果、樹木の除去や移動が進み「自然」が減る傾向が読み取れる。
六二一の撮影地点の中の二地点を例に、一九七六年と二〇一九年の写真を比較してこの間の変化の具合を見ることにする。
写真A-1写真のAは、出発点である東京駅丸の内北口である。一九七六年の写真A-1では、左側に自販の切符売り場が写っている。当時の初乗り運賃は三〇円だったが、今は一五〇円で六倍となった。この間、国鉄からJR東日本に移行した。また、一万五千日後の二〇一九年の写真A-2では付随の軒と券売機は無くなっている。左側に写っている駅舎は、戦争で焼失し仮に修復されていた建物が二〇一二年に復原されたものである。この丸の内駅舎は二〇〇三年に国の重要文化財に指定されている。二〇一九年写真の正面には二〇一二年に完成し、旧東京中央郵便局舎を一部保存した低層棟と高さ二〇〇mの高層棟からなるJPタワーが現れた(写真では上部が切れている)。

写真A-1(一九七六年)

写真A-2(二〇一九年)

写真B-1(一九七六年)

写真B-2(二〇一九年)
写真Bは、新旧二枚を比較してみてもほとんど同じ物が確認できない地点の写真である。唯一共通なのは左下部に写っているマンホールのフタである。場所は池袋のサンシャインシティ付近で、二〇一九年の写真B-2の右端に六〇階建てのサンシャイン60(一九七八年竣工 二三九・七m)の一部が写っている。同ビルは当時日本一の高層ビルであったが、その後都内では虎ノ門ヒルズ(二〇一四年竣工 二五五・五m)を始めそれを上回る高層ビルが建てられている。
ちなみに、二三区内における四階以上の高層建築物数は、一九七六年当時は約四万八千軒であったが、二〇一九年には約一七万四千軒と約三・六倍となった。
5.「寄り道」を楽しむ定点撮影
これまでの定点撮影は、旧写真を見ながら、一人でがむしゃらに「ノルマ」を達成するように写してきたが、二〇一九年に初めて妻と一緒に巡ってみた。地点の特定や撮影方向などに神経を集中させる自分と違い、妻の感性は、撮影地点のみならず順路に沿った街全体の変貌ぶりについて余裕を持って観察しており、視点の違いに感心させられた。
また、せっかく巡るのであればと、順路近くの名所旧跡やお店での美味しい食事や買い物といった「寄り道」を楽しんでのゆったり撮影であった。
確かに、この半世紀の間年齢も重ねてきたわけで、それとともに時間の過ごし方も変えていくのが自然でもあることを「寄り道撮影」が教えてくれた。人生においても寄り道は無駄では無く有効なものである。
一年かけての夫婦同行撮影であったが、我々の思いに関係なく、ゴール地点の東京駅に戻った時の東京は、すでにスタート時の東京ではなかった。
東京という大都市は、まるで広大なイベント会場のようで、常に躍動しつつ今のこの瞬間も生き続けている。
(公立大学法人宮城大学名誉教授・元農林水産省食品流通局消費生活課長)
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